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人生, 思い出

母と子 宿命

母と子 宿命

その村は私の住む家から一山超えた所にあった、小さな組みの集まりで集落を形作っていた。

私と一つ違いの男の子にお母さんはいなかった、優しいお姉さんとお父さん、どこにも見受ける普通の家だった。

当時、ほとんどの家でお父さんお母さんはいたのに何故なんだろう ? どうしてお母さんいないの  ?

松本清張原作  松竹映画  「砂の器」が人々の口に登るようになってその謎は解けた。

お母さんは遠い場所にある療養所に入っている (強制隔離されていることは、その後知る事になる) 子供時代は、それ以上知る由もなかった。

らい予防法に基づくハンセン病での隔離だった事は映画の影響もあって村人の口から知らされた。

男の子と私の距離が大きく近づく出来事が起きて今まで以上の友情が芽生える事になった。

悪名高い「らい予防法」この法律のために家族から強制的に隔離された人々の慟哭は、

映画「砂の器」

主人公、本浦千代吉の息子秀雄との遍路道 によく現れている、 訪れる家々から忌避され追い立てられる様に人間のみじめさ、浅ましさが見えて来る。

二度と故郷の地を踏むこともなく友の母は人知れず天に召された、

数年前、哀しみを心に秘めた友は母の後を追った、遠慮気味に私の後ろに控え、澄んだ瞳を湛えた男だった。

母恋しい ! 子供の頃は、夜毎 母を求めて泣いただろう ! その子供の心 誰が知ろう ?

あれほど焦がれた母の愛、天国でようやく逢えた2人、そばで父と姉がそっと目頭を押えている、 「Aよ !」 万感胸に迫る。

良い妻を迎え、良い子供達に恵まれて、彼自身の家庭は慎ましやかにも平和な団欒を作ることができた、せめてもの救いである。

らい予防法の撤廃、ハンセン病患者の名誉回復は更に・・・、名もなき人たちの戦いは一区切り終わった。

国は、己たちの無為無策、法にこだわるあまり情を 捨てたこの強制隔離政策を真摯に反省しなければならない。

あの世の友へかける言葉が、、果たして私にあるだろうか  ?


母と子 宿命   !?

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