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友情

男たちの挽歌 「周ちゃん!」

男たちの挽歌       「周ちゃん」

( 以下敬称略 )

台風10号に翻弄された今年の日本列島のお盆、はるか以前に通り過ぎたような錯覚に陥る。

どんよりとした雨雲がひとりの男を乞うように今にも泣き出しそうな様相を見せていた。

「Sちゃん、近くまで来たから寄っていいかい!」

私の電話に答える男は丁寧な言葉で辞退した、10数年前に手術を経験している私は、彼の胸の内が分かるだけに素直に引き下がった。

彼は大きな手術を終え、闘病の最中だった  !

・・・

これが、私と彼の最後になった、

八幡浜の芦原道場は、主の空手バカ一代のブームもあって、日本各地から空手に憧れる少年、青年達が希望と闘志を胸に秘めてやって来た。

その中には、全日本で名前を売る有段者達も芦原の指導を求めて馳せ参じた。

普段は静かな過疎の港町、一躍のブームは芦原のみならず幾多の高名な空手家を生むことになった。

稽古を終えた一期生達が私の元を訪ねて来る、彼らの後に幼い片鱗をのぞかせる青年達が付いて来た。

現在、空手の世界で勇猛馳せる師範クラスが混じっていた、飯沢に連れられて、二宮、久保、浜本、達の初期の面々だった。

今日の主人公、井上周二が来るのはもう少し日数を数えなければならなかった、彼の登場は印象に残るものだった。

色白の無口な男、その上、妙にニヒルな男は仲間のはしゃぐ横で黙って私に視線を這わせていた。

大男が好まれる芦原道場に於いて、上記の連中は左程大柄ではない、ゆえに豪快な技よりも玄人受けする精錬された空手の技を会得していく。

大学で躰道を修め、伝統流派の町道場で空手の黒帯を締めた後輩が大学時代でも経験しなかった程ウチノメされたのが現正道会館四国本部長  二宮師範だった。

「マスター、久保さんは、投げられながら蹴るんですよ、凄い!」後年、正道から離れて道真会館を立ち上げた久保館長、彼を評して私に耳打ちする道場生がいた。

芦原会館黎明期、

私の目に留まった異質な男、井上周二は、私の後を追うように水商売の世界に入って来た。

私との絵も言えぬ交遊が始まって行く、「周ちゃん!」「マスター、ウエさん!」男の友情の開花だった。

私たちの世界の揉め事は、道場で型のハマった試合形式と違って何が飛び出すか分からない  ?それこそ、ビール瓶が降り降ろされ、包丁で切り掛かって来る、武道の心得のない経営者にとっては頭痛の種  ?

ところが、私や周ちゃんは、逃げる訳にはいかない、パトカーが来るまでは穏便に納める必要がある、そこが難しい。

彼の店へ行った時、数度そんな場面に出くわしたが、彼は大したもんでしたよ、私は安心して見ていました。

経営者が武道の心得があると言うことは、従業員始め真面目なお客さんにとっても心強いこと、彼は商売人の前に立派な社会人でした。

・・・車内が蒸し暑くなったので車のガラス窓を少し下げる、空を仰ぐと覆い被さる雨雲が北の方角へ緩やかに移動していた。

その雨雲の隙間から弱い光が差している、井上周二の残影がじっと覗き込んでいた、

「周ちゃん!言いたい事たくさんあっただろうね   ?」

私が久保師範達に言った言葉、「周ちゃんはスルメだよ!噛めば噛むほど味がする、男の味が!」

世界へ羽ばたく二宮城光師範、中元会館中元館長、彼らにとっては兄貴分、私にとっての弟、井上周二   !

久保師範と久しく会っていない、逢えば緊張の糸がとけて涙が出るだろうね、「良い男ほど先に行く!」

今日もそっと問いかける、「周ちゃん八幡浜へ帰ろうか   ?」

奥さんから丁重なお葉書を頂戴した。

合掌

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