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思い出

望郷 二十四の瞳

望郷 二十四の瞳

昭和29年に公開された制作・松竹大船撮影所、監督・脚本、木下惠介、主演・高峰秀子。

日本が、第二次世界大戦を突き進んでいく歴史に、仕方なく飲み込まれる女性教師と生徒たちの物語。

瀬戸内海に浮かぶ小豆島、12人の一年生を必死に守った新任の女先生がいた、大石久子先生(おなご先生)。

戦中戦後の日本が未曽有の戦争に突入して子供たちの世界も辛くて暗い世相を迎えていた。

ご多分に漏れず児童の私も小型白黒スクリーンに見入った。

高峰秀子演じる大石先生を実生活の北村先生に重ねて涙を絞った。小学時代は六年間、別々の先生方が担任に就かれた。

「Y君 !」 

大勢の中でたまに名前を呼ばれると嬉しかった、天にも昇る気持ちになった北村先生は天使様だった。

身体の小さな私は重いハンディーを背負っていた、北村先生は私にとって二十四の瞳の大石おなご先生 !

この年になっても、あの大柄で大きな瞳のおんな先生を忘れることができない。

3月生まれの私は、他の同級生よりも全てに於いて幼かった、だから北村先生が病気で途中から他の先生に代わったことさえ忘れていたのである。

私と同級生の女生徒は北村先生の姪御、叔母さんの名誉挽回でもないが、教員となった彼女は校長先生にまで登り詰めた。

途中リタイアの叔母さんの無念を晴らしたのである。

松山在住の彼女の口から「Yさん !」の言葉を聞くと在りし日の北村先生を思い出す。

「Y君 !」

こんな恩師がいたら悪い人間にはならない ! いやなれない !

先生を泣かせてはいけない、悪いことをしたらいけない !

思想に偏った教育を受けなかった自分たちが誇らしい、聖職者の前に労働者とは、私達日本人にはそぐわない。

二十四の瞳、その舞台の小豆島は亡くなった従兄の妻が生まれて育った島、もしかして、あの二十四の瞳の中の、ふたつの瞳が従兄の妻の幼い姿だったかもしれない。

坪井栄先生は素晴らしい物語を世に送り出して下さった、現代教育の先生と生徒の関係を知るほどに日本の衰退を憐れむのである。

日本よ、どこへ行く、あの山河よ、いつまでも健やかであれ  !?

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