束の間の幸せ
不確定な時代、予測不能な現代社会、明日をもしれない生活への不安。
そこに本当の幸せは有るのだろうか、幸せと言う言葉を 皆さんはどのように取られているだろうか。
低賃金、低コスト、政治の不策が社会不安を増幅する、米が手に入らない、トイレットペーパー協奏曲の二の舞にならねば良いが?
耳に入る言葉や交わす会話が日々に暗くなる、こんな社会になるとは思いもよらなかった、一般大衆の不満が溢れる。
「お爺さん、前の戦争の頃と比べてどうなんかね?」「腹を空かせた辛さはあったが世間全体が一緒で貧乏だったから今程、生活感は苦しいのじゃないの?」老夫婦の昔語りは、昔を懐かしむ安らぎさえ覚える。
戦後最大の難問にぶち当たった感深し、その上、社会が暗い、学歴社会に翻弄され、利発な者が得をする、現代人は躾の厳しかった江戸時代、明治、大正時代は言うに及ばず人間社会の哀しみを凝縮している。
「船が出るよ!」 私が二十歳の頃、まだ伊方原発が出来る前の伊方の寒村の船着場に小さな沿岸船が着いた、その船着場に向かって必死に手を振りながら坂道を下りるお爺さんがいた、
「待ってくれ、乗せてくれ!」
その叫びも生真面目な海の男には通じなかった、船は無情にもお爺さんを置き去りにして船着場を離れた、権力、権威に距離を置く私の反骨の芽生えだった。
決まりきった決まり事の前に、年老いた人間の願いは叶わなかった、私が種々の申請案件を受注して思う事、法律、規律は大切で守らなければならぬが、申請人の願いも汲んであげたい、その後、役所との攻防が待っている。
世の中の不条理には道徳感で言い表せない人間としての情が欠けている事が往々にしてある、
今の人間社会、殊に日本には情、真心を忘れた冷酷さが漂っている。
学歴社会の弊害、そこに人と人を区別する驕りが国の行く末を不安定にする、人間の一生とは何なのか?
「籠の中の鳥、」
「井の中の蛙、」
「たかが行政書士ごときが」ある役所の30歳そこそこの若い職員のつぶやき、
「個人的な話をされても困るんですが?」 その上司の職員の冷淡さ、
役所の体質が見事に現れている、
広いフロアーでドンと座っている実力課長に後日お伝えした、「貴方の役所の職員の礼儀作法は県内で最悪ですよ!」
課長絶句して後日詫びが伝えられた。
これはあくまでも例外で殆んどの役所の方々は年寄りの私に温かい言葉をかけてくれる、
「ありがとうね、辛いこともあるだろうが頑張ってよ! 良いこともあるからね、」相手によっては、このように声をかける。
特に若い職員は先輩の礼儀作法を見ている、先輩上司の対応をじっと眺めている、失礼な言動には眉を顰め、温かい言葉にはホッと安堵の表情を見せる。
だが近年のニュースを見ると日本よ大丈夫か? 人間たちよ!大丈夫ですか ?
今宵、久しぶりに空を見上げた、何事もなければ良いが、
束の間の幸せ、何とささやかなことか。
束の間の幸せ !?
gooブログの終了を目前にして、考えております。
続けるか、やめるか。貴方と知り合ったのは、ブログです。
私は息子の助けを借りて、ブログの引っ越しを決めました。これを機会に過去記事を読み返し、誤字、脱字の修正と、内容のないブログの削除を始めました。2010年からブログを開始していますから、15年分の「読み返し作業」をしております。
15年のブログで、私のブログに残っている方は、貴方とベッラさんの二人だと言うことを知りました。当時のコメントを読み返しながら、心の痛みが抑えられません。
礼節を知らないのは若いものばかりでなく、私もその一人です。
「読み返し作業」は、6年分を終了しました。あと8年分です。ブログを長く休んでいますのは、この作業のためです。貴方とベッラさんのコメントを読み返しておりますと、自分の狭量さが恥ずかしくなります。
兄と弟が仲違いたしら、先に謝るのは弟の方です。・・そんなことを考えながら、作業に没頭しております。
どうか、健康第一にお過ごしください。 中島拝
onecat01さん、
おはようございます、ご返事遅くなりました、
ベッラさん、懐かしいですね、ずいぶん時間が経過いたしました。
思い出を辿っています。
ブログへのコメント差し上げたいと思いながら年寄りの悲しさで
対応しきれないで寂しさを味わっています。
改めてコメントいたしますのでお許しください。
ブログ終了、引っ越しを聞くと胸に迫るものがあります、
奥さん、ご子息様のご意見を聞き、御身第一で対処されますよう
ご祈念しております。
貴方との出会いは私にとっての宝物でした、身体の余裕が残っていれば
約束どうり貴方に会いたい。
あなたのブログは、国民の皆様に他の者にはできない功績を残したのです。
杉の子