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世界

寿命

寿命

若い頃から筆不精の私がブログの世界に足を踏み入れたのは

「もの書き家業が生業という、」意味合いを含めて我が人生の

赤裸々な姿を袖触り合った人々に遺言として残しておこう。

この思いが発端だった。

ところが、思いもよらぬ事だったのは、人間の損得の根源

金銭を挟む事でその生き方、人生が左右されるという悲喜

劇を背負う事になる、行き着く先は寿命の長い短い。

60才前後の寿命だった兄達だったので、自分の寿命も60歳

ぐらい迄だろうと考えていた、こうして今想像を超えた年齢に

達して、想定外長生きしてしまった事になる。

自分の行く末を見る、知るという事は、他人の寿命まで見ら

される事になる、そこで分かった事、

若い時は無理としても、どこかで猛々しい性分は捨てて

他人への善意の心、包容力を養う事である。

因果応報の意味がはらわたに沁み込んでくる。

人の寿命まで、知る必要もない、ましてや親しい人の

若くして旅立つ不幸を見たくはない。

だからこうして長生きした私は、複雑な思いで旧友達の未練を

背負う事になる、不思議な符号、若い頃無茶した人は案外先を

急いで、逆に目立たなかった人は長生きする、運命の不思議。

どうなんでしょうね !

という事は、不謹慎な事に、人様の寿命が想像される不幸、考え

ない事にしています。

この人は、幾つまでの寿命だと思えば(憎しみや嫌悪感をも感じ

なくなり人間関係が愛しくなる)幸せの残り火を無駄にしないで。

私の人間へのこだわりはこのように変化した、できる事なら善意に

楽観的に、地球そのものへの概念が大きく変わった、だから地球

外生命体に思いが向くようになった。

逃げではなく希望を託すように変化した、それがもし間違っていても

「成るように成るさ、ケセラセラ!!」

人の運と出逢い、大事にしましょう、

寿命   !?

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