さがるな前へ
大勢の中で彼の姿は埋没している、その男、19歳、高校を卒業して1年半、家業を手伝う為に故郷に帰って来た。
東京は憧れ、小柄な男達が一度はやりたい格闘技、彼は名選手を輩出しているプロボクシングのKジムに通っていたが父母のたっての願いで長年の夢を諦めて帰郷した。
建築会社の資材置き場の一角、一部は道路にはみ出して稽古していた。
空手がまだ現在の興隆を迎える前、市民から認知されない日陰の時代である、木枯らしの舞う稽古場は寒風吹き荒れる露天。
基本が終わって約束組手に稽古は移っていた、やけに勢いの良い、拳の重いやつがいる、それもズンズン前に出て来る、怖さ知らず !
それが、その男を知るきっかけだった、初期の、極真会館八幡浜支部に一期生で参加するY工業Iの一学年下、彼は新設 T校一期生の卒業生。
田舎の言葉で「向こう意気」の強い男、降参しない奴、まさにそれだった、さすがチャンピオン輩出のKジムでボクシング練習を積んだ男だけあった。
やがて故郷港町で名前が人の口に上がるようになり、自然に私とウマが合って、相談を受けるようになる。
喧嘩をやり始めると、まず止めても止まらない、行くだけ行くさ ! この精神のガッツマンだった。
イソロウ君、プロボクサーYの中学では一級下、この年代は、勝ち負け抜きでやり合う男達が多かった。
ところが彼も女性には弱かった、ウブだったのである、どうして私の周囲の男達は純情な奴が多かったのだろう、その中でもモテる奴は人の分までモテまくった。
そのアンバランスが可笑しい ? 七不思議の一つ !
その後、私が故郷を離れた事で彼との付き合いは途絶えた、
ところが、数十年の歳月を経て港町の食堂で再会する、全くの偶然だったが、ハッとするような美人と同伴だった。
向こうっ気の強い男、喧嘩で下がらない奴 !
彼は年商数十億の事業家になっていた、その商圏は全国に及ぶ。
私が以前紹介した友人の飲食店へ夫婦で時折顔を見せている、食堂で再会した折横にいたのが彼の妻である。
私に黙って義理を尽くしているのである、その心意気や由、ありがたい !
後継者はそれぞれ自分の道を歩んでいる、高貴なお方との縁組は我々庶民の範疇外、レベルの違う世界に彼は立つ。
「Sさん! 元気かな !大きな魚を貰ったから取りにおいでよ!」糟糠の妻が何の為にもならない先輩を優しく遇してくれる。
前え ! 下がるな、 前へ !
あの闘魂の男、私がこよなく愛する男、通称 M ・・・!
一流事業家への道へ、歩みを止めない !?