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雑談

ミクロとマクロ 武道の真髄 人間は

人間の性格というものは多種多様である、
人種のるつぼ、世界各地で繰り広げられる内戦及び国同士の
戦争は、人間として最悪の犯罪行為だと考える。

マクロの世界からミクロの地域態に視線を落としてみよう、
ちなみに「マクロとは巨大、巨視的なこと。 ミクロとは微細、
微視的なこと。」

私が若い頃、周囲に起きた男同士の葛藤のあれこれを見てみる。
稽古を終えた少林寺拳法の知り合いたちが私の店にやってきた、
稽古の度に恒例になっていたが、頼もしい面々である。

その中に、私の師匠の先輩で、師匠が崇拝する〇〇流参段の
A先生が混じっていた、既に40代になっておられたと思う、
ある団体のトップの位置に職席を置かれていた。

仕事の多忙と健康問題もあって空手の現役からは退いておられた、
少林寺をやっている懇意な知人の招きで一緒に運動がてら稽古を
されていた。

現在、県では名の通った企業に身を置いて後進の指導に当っている
B君がまだ30歳前後の初段の頃の話である。 「Sさん、実は ?」
兄弟付き合いの私に面白おかしく説明してくれることになった。

少林寺拳法の数名が街中で揉め事に遭遇した、相手はチンピラ数名、
些か酒に酔っていた様で、穏やかに諭しても話が通じなかったそうだ、
その内のひとりCは実力も秀でた喧嘩自慢、やはりと言うべきか ?

M大学少林寺拳法部出身のDが相手をすることになった、
その周りを関係者は取り囲んで眺める、少林寺の方は気楽なものである。

DがCを簡単にひねったようだが、どうして起き上がったCは突進を
やめない、形相険しく思い切り殴ってくるが悲しい事に相手にならない、
ここに人間の性格が現れる、向ってくる以上少林寺側はDを留めない ?

怪我をしないように蹴りを入れられ、腹部を強打されてもCの突進は
止まない、汗と涙、仕舞には地べたにへたり込んで泣き始めたという !

「くそっ! くやしい !」

殴って行けば転がされ、突進すれば突きと蹴りが入る、
どうすりゃいいんだ !! 喧嘩自慢の自尊心はズタズタにされた、
おまけにいいとこ見せて来たダチの前でぶざまな敗北。

何故だ! 何故なんだ ? 負ける時なんざこんなものよ ?
前者はCの悔し泣き、後者は私Sの独り言、負ける時もあらアな !?

その話を聞き終わって、私は、ふたつ思ったことがあった。
1.何故Dは無駄な労力を使わないで数発でケリをつけなかったのか ?
2.何故Cは、負け戦を詫びて喧嘩をやめなかったのか ?

それぞれの性格に起因する、
1.Dの冷めた性格、闘いに情をかけない、弄んだ面も有ったと思う。
問題はCである、
2.日頃粋がっているCは、友が傍に居る前での敗北が耐えられなかった。

それをA先生も見ていたのだが少林寺に遠慮して眺めていた、
根底には、D以上の冷徹なA先生のポリシ-と若い頃の自分に似て非情な
Dへの共感があった事も事実である。

戦争と個人間の些細な喧嘩、情を掛けた方が不覚を取る、勝つことが第一義。

マクロとミクロ、人類の歴史は、殺し殺されあい、残酷だが人間の限界が
ここにある。

遠い昔話になった青春の日々、血気にはやった若者達は、穏やかな表情を
見せて社会人にその姿を代えている、凛々しい佇まいの中に僅かな片鱗を
覗かせて。

「酒」 この想い出にもキ-ポイントになったものがある、それは 「酒」
愛すべき酒か酒乱に羽目を外す酒か、この場合の両者は共に酒癖が悪かった、
Cは所詮納得の酒、しかし礼儀を尊ぶDの職場に酒癖の悪さはご法度だった。

少林寺拳法強者としてのDの人生に酒は淋しく影を落とすことになる。

あの地べたに這ったCは、私の店を支えてくれた愛すべきEの義弟になった。
Dは普段は優秀な企業戦士、県内有数の企業で定年まで勤めたはずである。
ミクロで見る人生は面白い、マクロに場面を変えた争いは地獄である。

「私は一生、空手を喧嘩に使いません、喧嘩はしません。」
私が尊敬する沖縄空手、その道場でマスコミのインタビュ-に答える中年男性、
これこそが、武道の真髄だと思う、しかし、戦争になったらどうするか ? 

苦渋の選択になる。 ( 殺しあい !? )

押忍

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