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友情

3・3かぶ島会 黄昏に乾杯

四国は道後温泉の夜は、うまい酒と程よい興奮で眠れない、

友が心を込めた3・3かぶ島の同級会第1夜は次第にふけていく。

心置きなく思いの丈を伝えて青春の残り火は夜露に消える。

大阪(伊丹)空港の全日空の保安検査場で26日午前、ナイフのようなものを持った利用客に係員が刃物を返却したトラブルで、全日空は同日午前11時44分から保安検査を再開した。

乗客の手荷物の中から刃物が金属探知機で見つかったのに、「誤って乗客に返してしまった」と係員から申告があった。  

( 産経新聞引用 )   

前代未聞の不祥事である。

私たちの同級会へ出席予定の大阪のℹ︎ ちゃんが搭乗予定の飛行機も遅れを余儀なくされた、その為、集合場所に間に合わず後からホテルへ直行、到着となった。

不幸中の幸いなことに、負傷者もなく機体の損傷もなかったことが幸いである、ただ有難いことに家族の絆が強まった事が特筆すべき同級会の想い出に刻印された。

こんかいは、昨年の後という期間の問題はあるが、体調不良者続出でこじんまりとなったことは致し方ないが、しかし、その一つ一つのアクシデントが黄昏に陽を浴びる身には、貴重な想い出になった。

道後の夜は、季節遅れの花火大会 !  各人の胸の中に旅立ちの詩  !  大輪の花が 🌸 咲き匂った。

私は世話役の1人ではあるが、どうしても紹介したかった友とその想いがあった、

中学2年の新学期が始まって、ひとりの大柄な女生徒が転校してきた、1学年2組だけのクラス編成、彼女は私の組へ編入して来た。

戸惑いとその心細さ、彼女は淋しげに困惑の態で教室を見回した、その時代の私は今からでは考えられない小心者、全てに自信のない頃だったのである。

その後の人生の「弱き人を助ける」 私の原点がここにある、あの戸惑いで立ちすくんだTちゃん、助けてやれなかった悔いが、、男の責任感に昇華して行くのである。

同級会の宴会で私はマイクを握った( 手助けできずにゴメンよ !) その思い胸に   !

あの時の教室の一コマを再現した、みんな黙って聞いていた彼女の頬に紅がさした ・・・

その彼女はその時の心細さを語ってくれた、彼女にとってもその頃は心細さに日々泣いていたのである、奇しくもこの2人は困難を克服して同級会の盛り立て役に任じている。

同級会の姉御肌、肝っ玉母さん、我らのT ちゃんである。

「為せば成る為さねば成らぬ何事も・・・」     「ケ・セラ・セラ!」

私の座右の銘である。

27日は、新居浜市の旧別子銅山、現マイトピア別子へとバスは向かった、赤穂浪士討ち入りよりもずっと昔、元禄4年銅山の歴史は始まった。

坑内トロッコ、坑内列車に乗って奥へ向かう、胸つく先人の苦労、ここは、別の項に譲りたい  !?


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