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友情

類は友を呼び、類はまた類を呼ぶ、男は

類は友を呼び、類はまた類を呼ぶ、
人の人生って奴は面白い、特に男の変遷は推し量れない。

ある先輩Aと後輩Bが居た、
共に子供時代ならびに学生時代に屈辱の思い出があった。

Aは、三級先輩Cに陰に陽に目をつけられて仲間に入れて
貰えなかった今で言うシカトである、仕打ちは陰惨だった。

同級生や先輩には弱いくせに後輩には尊大に振舞った、
後輩から見れば軽蔑すべき嫌な男だった。

一方のBは真面目でおとなしい兄が居てその下に弟が居た。
どういう訳か、さほど遠くない距離に同級生の悪Dが居た。
しかし、Bも又Dの仲間から外されて疎外感を味わっていた。

ふたりは逢うべくして巡り合った、運命の出逢いである・・・
A20才、B18才、出逢いの場は寒風吹きすさぶお寺の境内、
そこには鬼のF先生が空手着を着て生徒をしごいていた。

そう、空手の稽古場、青空地獄道場だったのである。

小柄だが体格のがっちりした先生は伝統流派の有段者、豪放磊落
明るい人柄は生徒達に慕われた。

もろに突きが鳩尾に入る、止め損なって 否わざとなのか 蹴りが
金的に入る、当然受けた者は地べたをのたうち回る、息ができない。
そんなことはお構いなしに、基本を延々と続けさせるのである。

この道場へ来る前に国内有数の別の伝統流派で鍛えられたAだったが
それは比較にならないキツイものだった、一種のしごき道場だった。

今思えばそれが良かった、以降の空手人生に於いて数々の猛者と出会う
ことになったが全て順応できたのである。

一方のBは同級生の前でDから鉄拳制裁をうける事件があって、それが
彼を空手に向かわせる動機となった。

高校を卒業したBは、学生空手界では勇猛で鳴る関東の大学空手道部へ
と進んだ、厳しい稽古、練習に耐えたのも、Dから受けた屈辱感への
反発と悔しさからだった。

後輩から恐れられる鬼の先輩誕生である、故郷にその蛮勇は轟いて来た。
地元で家業を継いだDにとって、Bの噂話は戦々恐々の月日を数える
ことになる。(敵討ちされるのではないか ?)

たまの休みに帰郷するBは、同級会では猫をかぶっておとなしくしていた、
「馬鹿は死ななきゃ直らない」噂を恐れながらも見た目はおとなしいBを
見て、坊ちゃん育ちのDは勘違いした、ちょっかいを出したのである。

その経緯をBから聞いたAは、「止めとけばいいものを? 馬鹿が!」と
つぶやいた、話 (勝負) になるはずがない、「何 !」ひと睨みでお仕舞 !

そこには呆然とするDが立ち竦んでいた、殴り合いだけが喧嘩ではない、
気迫で決まる勝負がある、ぐっと男のひと睨み、静かな佇まいの中に、
「押忍。」

Bにとって、Dとの忌まわしい過去は当に胡散霧散していたのである。

Aはどうしたか、関西に発った先輩Cだが敵討ちの機会は訪れなかった、
共に兄、姉が結婚して親戚になったのである、敵討ちも何もない ?

それ以前に、Cの弟達を可愛がっていたAに、Cの存在は怖い倒すべき
相手ではなくなっていた、(こんな男を恐れていた自分が情けない)
これがAの出した結論だった。

現在の彼らの社会での立ち居地と人間としての誇りは比較するべくもない。
彼らの胸の内に秘められているはずである。

肉体が駄目なら精神を鍛えよ、弱い子供達へのAとBが出した教訓である。

弱いからと言って泣くな、泣かないように頑張るのが男ではないか !?

人生は、幸不幸は、いつまでもそのまま続かない、必ず転機がおとづれる、
それを掴むのも離すのも己自身、良き友、良き隣人を得ることである。

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