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日常生活

何時か行く道、辿る道、昔を偲ぶ下り道

山郷の村の秋祭り
傾斜地の道端にはハッピを羽織った子供達とともに老若男女が
満面の笑顔を振りまいていた、そぼ降る雨さえ喜びの輪に取り
込んでいた。

やや小型の神輿が綺麗に手入れされて人々の肩に担がれている、
幟が風に煽られて田舎の祭りは最高潮を呈していた。

その老人は私の到着を、杖をついて待っていた、不自由な身体を
杖に託している、悄然としていた顔から笑顔が見えた、私を認識
したのである。

傍に古ぼけた大工さんの作業場がある、引退した大工の兄さんの
倉庫だという、使い古した今にも壊れそうな玄関の戸を開けた。

ギィ! 中に入ると思ったより整理整頓されていたが、さすが木屑の
匂いが鼻に来た、風通しが良い為外の果樹の匂いが混じっていた。

老人の話を聞く、役所からの通知に関する不満である、
返済金の催促だった、プライバシ-との絡みで仔細は省くが身体を
震わせて怒りを表した。

ひととおり事情を聞いて、私の意見と助言を伝えた、
後は、彼の思い出話と人生で触れ合ってきた人々との邂逅をなつかし
そうに 話し始めたので耳を傾けた。

嘘か誠か分からないが、驚いた事にこの地域だけの話ではなかった、
名のある行政や民間企業名及び人士の名前が挙がったのである。

それは、人生を終えようとする老人の未練なのか、はたまた心残りの
後悔故なのか ? それでも私は黙って聞いていた、
身体の不自由なひとりの孤独な人間に対する私のせめてもの愛情だった。

隙間風の入る作業場は、山間の山路風がことのほか身にしみた、(寒い!)

何時か行く道、辿る道、昔を偲ぶ下り道、草花さえも愛しき へんろ 道。

老人の目に、この世が、この現実がどんなものに映っているのだろうか、
久しぶりに人と会話する彼の口は、留まることを知らなかった。

「持って帰るか?」 ス-パ-の買い物袋に大ぶりの栗が入っていた、
「洗ってお食べ!」 相手を務めた私に精一杯の感謝の気持ちなのだろう、
しわに覆われた顔で、喜びを表した彼は不自由な身体で見送ってくれた。

老人の人生の残りはあと僅かかもしれない、幸せな余韻が有ります様に、
見送る姿が愛しかった、祭りの賑わいが夕闇を呼び込んでいた。

雨雲に覆われた山頂は、冬がそこに来ていることを告げていた。

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