ヤクザ組織の分裂騒動が世情を賑わしている、
一般国民には程遠い話題かもしれないがそれらの組み事務所に
近い住民にとっては、日夜気を緩められない状況に相違ない。
周囲に被害のないことを願うのみである、暴力団担当の刑事さん
たちのご苦労が思いやられる。
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長身の男が店のドアを開けてのそって入ってきた、髪を短く
角刈りにした渋い男、N。
映画俳優高倉健さんの任侠映画が全盛の頃、港町の映画館も深夜
興行を打っていて、深夜に係わらず客席は一般客とともに夜の
蝶やその連れ添い達で賑わっていた。
映画の進行、特に健さんが堪忍袋の緒が切れて敵陣に乗り込む段に
なると客席から歓声が上がった、私はその雰囲気が好きでよく観に
行ったものである。
寡黙な男Nは、まこと健さんに似てニヒルな立ち振る舞いとともに
腹の見えない不気味さを称えていた、彼には常に二人ほどの若い人
が付いていたが別にその筋の人ではないようだった。
何度か来る内に彼の人となりが判って胸を撫で下ろしたものである。
面白いことに彼の口癖が微笑ましかった、
「何にもないですか?(困ったことはありませんか?) 」
彼一流の気配りなのだが、本人自身も高倉健さんに酔って居る節があり
私は彼に合わせて返事したものである、「大丈夫ですよ !」
彼は、ほとんどカウンタ-に座ったが、酒類は飲まなかった、もっぱら
コ-ラ-だった。
後日判明したのは、私が一時ご厄介になった会社の上司が彼の父だったが
父の再婚も有って親子の関係は断絶に近いものだった。
後姿がわびしくて孤独な陰は拭いようもなかった、何をしているのか ?
不思議な人だったが、彼の真の姿が判るのは、もうしばらくの時間が必要
だった。
港町の健さん、私が密かに呼んだ硬骨漢はどんな人生を歩んだであろうか、
その後の歳月は、彼の姿も噂も私の元へ運んではくれなかった。
そんな男達が私の周りに集まって、そしてそれぞれの人生を背負って彼らは
私の元から去って行った。
杉の子遥かなり、片山町の夕日今日も変わりなし、風の便りが知らせてくれた。
港町はトロ-ル船の町、蜜柑の花の咲き匂う町、そして豪華絢爛座敷雛の町。
別府航路のフェリ-が茜空の方向に碇を上げた、高校時代の友が住む街、別府。
身体を痛めて歯を食いしばっている、リハビリに励む友、彼の名も 健。