覆水盆に返らず
「愛想尽かしをして出て行ったおまえさんじゃないか縁がなかったんだよ」
元の女房が脚光を浴びたとたん、元の亭主が詫びを入れてきた。
嫌という程貧乏させられた、飲み、打つ、買うの三拍子、家出、自殺を考え
ない方がどうかしているよ !
意志の弱さが身の破滅、仕事仲間に誘われて踏み込んだ自堕落な道、馬鹿に
つける薬はなかった。
あれほど苦労させられて、もう金輪際、男はゴメンだよ !
そう言っていたのに、どんな風の吹き回しか他の男に気が向いた、どっちも
どっちさね !
家に帰っても愚痴を聞いてくれる相手はいない、ヒンヤリと薄暗い部屋まで
馬鹿にしているようで、思い切り襖を蹴破った ! 男って何だ ?
思いがけず陽の当たる場所に出た女に、下心のある男が寄ってきて、男女の
仲になっちまったぜ !
有頂天の身には友人の意見も嫉妬に聞こえる ! 女って何考えてんだか ?
世の中は、うまくいかないね ?
結局2人とも馬鹿を見ることになる、師走の風がやけに寒い、小ちゃな夜店
にふらっと入ると、薄汚い格好をした元女房がまだら模様の化粧でお猪口を
口に運んでいた。
見てられなかった、まわりの男衆が卑猥な言葉でちょっかいを出しやがる !
何が女だよ ? ただの雌じゃねえか !
元亭主が、偶然その店に顔を出した、
その屋台は元夫婦の馴れ初めの店、初めてデートした思い出の店だったのだ、
夜風が身にしみる立場の2人が、無意識に足を運んだ切ない胸の内だった、
別れて知る相手の有り難さ喧嘩できる程居心地の良い男と女ってことなのさ。
卑猥な男達に夜鷹もどきに嗤われる、元女房に亭主の心は乱れた !
夜店のオヤジの気配りがにくかった ?
「2人一緒にお座りよ・・・」 そう言って男衆達を牽制した苦労人の親父、
久しぶりの夫婦の会話は、お猪口の中にまで涙が落ちた、涙酒って初めてだ?
オヤジの両の目にも泪が光った !
覆水盆に返らず
諺に逆らう夫婦もいるって事だね ?
毎日愚痴ばかり、相手の欠点ばかり見ないで、小ちゃな良いとこ見つけなよ。
夫婦って奴は、案外良いとこあるもんだぜ !?
※ 覆水盆に返らずとは、
いったん離縁した夫婦の仲は元に戻らないことのたとえ。
転じて一度してしまった失敗は取り返しがつかないということのたとえ。