面影の人 竜二
その男は私とは「俺とおまえ」の仲、青春を共に歩いた男である、「昔が懐かしい、よく夢を見るよ !」電話での会話に出る述懐、
奴が言う、「Sよ!金子正次の映画竜二を見ただろう ?」彼の話は、その竜二の妻まり子役の永島暎子が気になると言う。
ファンの心を掴んだワンシーン、商店街の安売りに群がる中に娘あやを連れたまり子が並んで順番を待っている、そこへ竜二が通りかかるのである、その数分の2人のワンシーンは映画史に残る名場面となった。
その2人の無言の表情がどうにもたまらない、と彼は言うのである、「Sよ! 昔オレが好きだった女を知っているだろう ?」「何 ? う~ん!」突然のことで私はとっさに言葉を探した !
彼の話はこうである・・・
彼の恋は彼女の大阪行きで頓挫した、新たな男性との出会いが、2人の永遠の別れになった、大阪に消えた恋、彼の胸に消えぬ苦い思い出だけが残ったのである。
(そう言えばあの時彼の未練酒に付き合わされた、随分荒れたナア!)
竜二との無言の刻は、まり子いや永島暎子の渾身の演技とは言え、身体から滲み出る悲しみの覚悟にホロリとさせられた、娘あやを演じる実子金子桃のその後の父との別れを思うと又泣かされる。
金子正次の複雑な思いの滲み出る涙が目尻を垂れる、堪らない。
竜二の姿を借りた金子正次の今世の別れ、病魔に侵された正次の名演技が友の思いと二重写しになって迫る !
その永島暎子に大阪へ去った女がそっくりなのだと彼は言う、「Sよ! 男って辛いね !」本当は誰にも渡したくないのに、意地が邪魔をして宝石を逃した、彼の心震える後悔だった。
年月は無情に過ぎる、それでも男の純粋な想いは消えることはない、じゃあ!どうすれば良いのか ? その答えは似た女性を追えば良いではないか ?
無責任な言葉さえ胸に響く、「男は辛いなア !」彼のため息が切ない。
女々しいと決めつける言葉を私は持たない、似た経験は誰しもあるからである、(オレだってあるさ、ただ愚痴をこぼさないだけだ ?」
仮に片想いであっても、それを短絡と言うのは無関係な人間の話し ? 本人にとっては最大の苦しみ、しかし、よくしたものである、彼の結婚式に呼ばれた私は花嫁さんの文金高島田姿を見て思わず出そうになった感嘆詞を飲み込んだ。
竜二の妻まり子、永島暎子がそこに居たのである、実際はよく似た他人の空似だが、女に捨てられた男の執念を見るような気がした。
その彼も数十年後の今は、孫の恋愛話に右往左往している、「帰りが遅い、男の付き合いはまだ早い !」そして父親の息子を怒鳴っている、
側で女房の栄子が息子へ手助け「自分のことを棚に上げて何だろうね ?」
悲恋に悩まされながら、おじいちゃんはチャッカり栄子という同じ呼び名の女性を妻に迎えていた、本人以外それを知っているのは、この私だけ !
「おい! 女房に言いつけるぞ ! 」私の脅しに「Sよ!それだけはやめてくれ !」
彼の悲鳴が夕闇にこだました。
映画 竜二 主題歌 萩原健一 ショーケンの
♪ ララバイ が耳から離れられない !
男って奴は、面影の人がいつまでも忘れられない、竜二カムバック !?