男たちの挽歌 あいつは何処に
日々追い立てられる晩年、我いまだ奉公中。
よりによって元旦に掃除とは、そして脚立から落下、コロナ禍を暗示する最悪の船出だった。
お天道様もたまには悪戯される、素直でいる筈なのに「これ煩悩、修行が足らぬぞえ」手痛いお叱りだった、だったらお受けしようではないか「どんと来い !」
そんなこんなで病院へ行ったのもつい先日、院長先生曰く「骨折もないし言わば50肩のようなものです!」塗り薬を処方されて次回を予約して辞退した。
多忙な週末が迫っている、申請案件が手ぐすね引いて待っている、「待ってろよ! 負けんぞ !」気合いを入れる。
一息ついて、男たちの挽歌 !
懐かしい男達を思い浮かべている、空を見上げて雲に問う、
( コロナ禍どうしているやら !)
「年々、同級生が亡くなっていく、コロナもあるが皆んなで出会っておくか ?」私の問いかけで「夜でなくても昼間で良いからSよそうしよう」
多数が賛同してくれた。
その当時、昭和40年頃、港町に周囲がハッと目を見張る美貌の女を連れたイナセな男がいた、私より少し年下の良い男だった。
私が空手に明け暮れた時期で、何かあると私に妙に反発して来た、ズバッと言えば可愛げのない奴といえば良いのか、直接文句を言う事はないのだが陰気な男だった。
ある時、私の元へ遊びに来て、町での男同士のいざこざのくだりになって、自慢話が始まった、私は良い頃合いだと思ったので笑って催促してみた。
「お前達は(方言で)どんな喧嘩の仕方をするのか見せてくれないか !」途端に彼の目が据わった 「やる ? いいんかね ?」見届けに後輩が横についた、
私は自然体で真正面に構えた、両手は軽く丹田横に添えた、彼は私から視線を外して、下を向いたり横を向いたりと私の注意を逸らして来た、
一瞬の隙だった、彼の大ぶりの右フックが顔面に迫った、彼にとって悲しいことに、私からすればそれはスロモーションの世界なのである、
突きを2、3発入れて1発蹴りをけ込む程度の間、形だけ見せたが、これでは話にならない。
屈辱感で彼の顔が歪んだ、しばらくして港町から恋人同士の姿が消えた、形だけとは言え、手も無く翻弄されて彼の自尊心は傷ついた。
数年後、彼は私の店を訪ねて来た、香川県に生活基盤を移していた、礼儀作法をわきまえた紳士の姿の商売人がそこにいた。
それ以降、彼の消息は私の前から消えた、もう少し自尊心に配慮すれば良かったと後悔している。
何処の空の下、家族団欒はあるだろうか、青春の一コマ、配慮に欠けた私の苦い教訓である。
何処の空の下、逢いたい、会って不届きを詫びたい、 あいつ !?