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友情, 思い出

先輩ありがとうございました。

先輩ありがとうございました。

この年末の寒さ、いつもは当に年賀状は投函している頃であるが、今年の暮れは仕事が手間取った為に大幅に遅れてしまった。

年齢を考えてやめようかと悩んだが、お世話になる方々へのご恩を!考えると一踏ん張りしようと考えるに至った。

そこで依頼する印刷会社の営業さんと打ち合わせに及んだ次第である。

今年元旦の年賀状で何人かの諸先輩から会いたい旨の賀状を頂いた、その中ではその後亡くなられた知らせの届いた人もおられた。

正月元旦の脚立からの落下、その後に続く身体の不調、コロナ禍での遠慮と合わないことの配慮、切なく悩んだ一年だった、会えなかった、会わなかった責任感に私の余生は苦しめられるだろう。

一期一会を!大事にして来た私である、それぞれの皆さんの笑顔と眉を潜めた悲しみの表情が消えることはないだろう「逢いたかったSよ!」

コロナを克服した暁には一人でも多くお墓参りに行きたい、そして詫びたい、その想いともう一つ私が考えていること、特に先輩方への訪問!

高校時代は震えあがった悪たち、通学の途中2年生だった私は小癪にも帽子に2枚の日本タオルを入れて山高帽子状態で先輩に目をつけられた。

ひとつ上の番長M君が「何だ! Sよ! だいぶ入れているの?」帽子を手に取って冷やかされた、そのM先輩はだいぶ前亡くなられた「Sよ!」あの時の声が甦る。

威厳と実力の備わった他校の上級生にも認められた番長だった。

実力のある強い男は、軽々に偉ぶらない、どっしりと構えて後ろに控える、苦味走った先輩だった、その横で常に一緒だったN先輩、私が居酒屋を始めると仲間と一緒に控え目に訪ねてくれた。

どんなに酒で酔っても、腹の立つ客がいても、食ってかかられても、私が仲裁に出ると「わかったSよ!」と引き下がってくれた、男気のある先輩達だった、それらの場面を思い出すと、私は胸にグッと来る。

このクリスマス、故郷でのジングルベルは男の郷愁を掻き立てる、先輩達に逢いたい、会ってお礼を言いたい、

「あなた方のおかげで良い高校生活でした。」

望郷港町、故郷に降る雪、思い出を紡いでくれた人々よ、Sは幸せです。

先輩ありがとうございました   !?

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