雑談

”リスペクト”  優雅に輝いていた港町

私が飽きもせずブログを書き続けるのは勿論自分史を書き残したい事も
あるが、それとは別に遠い日そして現在、袖触れ合う人々への”リスペクト”
を伝えたいためでもある。
このブログを偶然にでも目にした人が、あの日優雅な姿で世の中の為に活躍して
いた自分を思い出して、誇りと自信を取り戻して欲しいとの願いを込めて。
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昭和がまだ未来を夢見て優雅に輝いていた四国は港町、白亜の殿堂にその女性は
勤務していた、数名の同僚と多忙を極めていたが清潔な白衣姿を羨望の眼差しで
見守る市民は多かった。

その人の名はK先生と言って、勝気な中にも責任感に溢れた知的美人女性だった。

ある時、私の店に馴染みのAが腑に落ちないように顔を出した、
「Sさん、C病院のK先生を知っているかな ?」 と聞いてきた、
その当時彼が付き合っていた女性がK先生の職場で仕えていたのである。

「どうした ?」 ある技術職で自分の店を経営するやり手の事業家でもある、
小柄で清楚な彼女は彼と同業の大先輩のお嬢さん、私は彼の良さを十分分かって
いるが、一般的には、やや不良っぽく見られがちで損な役割の男だった。

まず当時の私と同じ「角刈り」向こう意気の強い 行け 行け!誤解される筈だよ ?

彼女の父親がふたりの交際に難色を示していた、K先生の元にもその相談があった
ようで、彼にとって不快な申し出と受け取っていた、それで私に不満を云って来た
ということである。

私の助言は、随分昔の事なので詳しくは覚えていないが、「付き合いを止めないで、
父親を説き伏せて、結婚したらどうか !」 と推し進めた記憶がある。

結局ふたりの恋は終わりを迎えた、彼の内面の良さを知っていただけに女性の為に
惜しまれてならなかった、特に彼の母親が良い人だけに、幸せな結婚が想像できた。
後年別の女性と結婚した彼はやや女房に敷かれているが良きパパさんに変身している。

人は見た目で判断しないことである ?

K先生! 思い出すでしょうか ? あの時、先生に悪態をついたかも知れない男は ?
本当は心の優しい男です、人情を弁えて苦労した母親を大事にする孝行息子でしたよ。

あの港町は、私の原点、
幼い日、あなたの後姿を眺めてため息をついた童心は、たくさんの人々から相談される
ポジションに立っています。

孫の世話が大変ですと言いながら元気でお過ごしの報に接して心から嬉しく思います。
今年は、3・3・かぶ島会の動きが有りそうですね、又 朗報が届くと思いますが、
どうか、いつまでもお元気でご家族しあわせにお暮らし下さい。

人間は誰でも、何か 悩みはあるものです、ただそれに挫けるか挫けないか ?
自分のしっかりした心構えと悩みを相談できる人が居るか居ないかで別れます。

Yさえ、こんなに人前に出て話せる人間に成れました、聡明なあなたであれば必ず
希望は掴めると思います。
Kちゃん、私は人の悲しみを理解できる人間です、友の苦労に添える男になりたい。
感謝。

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