大きい小さい
身長の差ではありません、人間の器を指します。
いつも出会っている人とたまに出会う人、極端なのは何年も会っていない人、私を含めてそうだと思いますが、人間の器、度量を見る事ができる。
物静かだった友が大勢の前で臆する事なくしゃべる !ヤンチャだった友は座の中心から外れて黙っている、何のことはない現在の彼らの立ち位置に原因が有った。
体力的に劣った友は群雄割拠の組織の中で過激な競争を生き抜いた、悠々自適の年金を貰っているのに仕事好きが高じて第2の人生を切り開いた、経験を生かして独立開業したのである。
苦労人の彼は人の気持ちがよく分かる、だから人が寄って来る、心の広い男は金銭にきれい、信頼が置けるということである、私の良き相談相手である。
器量、いろんな場面で使われる、決断の時、顕著に現れる、自己責任で物事を決める上司ならその部下はやり甲斐がある、その逆の上司なら部下は惨めだが逆に根性は叩き込まれる。
青年時代、辺りを睥睨して闊歩した連中の末路は惨めだった、まず長生きしない方が多い、節制を怠ったツケがモロに出る。
虐められたから自分は弱虫と思い込まないこと、その虐めを耐え抜いた私がこの歳になっても青春を謳歌している、高校生までの我慢がその後花開くから人生は面白い。
廊下を闊歩した番長たちが私を頼って来た、無言の教え、別に強制した訳ではないのに、風の便りが私の真実を知らせたのである。
「お前が一番変わった !」「Sさんは男です !」この言葉こそ弱者に手を差し伸べた私へのオマージュである、しかし私は自分を器の小さい男だと思っています。
だからその域に達するように精進する、こうべを垂れて教えを請う、人生未だ途上 ! 杉の子の挑戦は止まらない。
「謙虚であれ !」その姿勢に「本当はマスターが怖かった !」港町のイケズ達に恐れられた兄ィが2人、私の前で懺悔した、頭を下げて客商売をする私にである。
子供の頃の辛さは、我慢辛抱することで報われる、人から頼られる。
男になれ、弱いものをいじめるなよ ! 杉の子、永遠の誓いである。
大きい小さい、
その器は、その器量は他人が判断する、一喜一憂するな、
自然体、お天道様に恥じぬ男であれ !?