夢よおまえは
不思議なものですね、もう何十年も経つのに未だに杉の子が出て来る、閉店の時には隣のサッちゃん夫婦にしきたりどうりの儀式を厳かに行なって貰った。
あれから随分の歳月を数え令和の世を迎えた、なのに私は今だに杉の子に執着している、それも追い立てられるように失敗ばかりの醜態を繰り返しながら !店を経営しているのである。
コーヒーの注文が入ったのに、なかなか香ばしいものができなくてあたふたと駆け回る、一度に数十人のお客様が入店する、お冷のグラスが足りない、どうしょうか ?
床が汚れている、店全体の掃除が行き届かない、掃除はまだ終わらないのか、何ともはかどらない、無理もない実際は数十年前に終えた店なのである。
現実と想いが噛み合わない、本人は現役のマスターなのに店自体は現実の歳月を歩んでいる、だから老巧化が激しい。
何とも理解しがたい夢世界、頭がこんがらかるはずである、それゆえ焦燥感に苛まれている、夢の中で必死な自分が愛しく思える、気楽にやれば良いものをと思うのは夢の後。
夢と分かるのは土壇場になってから (やれやれ夢か ?)安堵感の中の郷愁 ! 「夢よ ! おまえは !おまえは 夢よ!」
それだけ思い入れが強いのだろう、大事な年代での歴史だったものと自分自身に言い聞かせている。
慌てふためくスナックのマスター !
「夢よおまえは ! 」再びの青春に目が覚めると枕が濡れている。
今は、令和だぜ ?
あの頃は昭和の成熟期、随分経ったね、杉の子、もう一度あの日に帰りたい !
しかし現実は、杉の子の建物は取り壊されて美容院に建て替えられている、望郷杉の子は影も形もない、幻の杉の子が泣いているように私には思えてならない。
片山町の夕陽が、西に沈んで行く、フェリーが出るよ !別府行きが、悪友Tの横顔が泣き顔に変わった。
「待ってるぞ・・・S ! 待っているぞ ! おまえを !」
時代は変わっても人の情は変わらない、いつまでもダチだぜ !?