時よ止まれ、だけど止まらない
子供の頃の時間の経過と大人になってからのそれは随分違う、受ける感覚が全く違って来る、大人のそれは日々の移ろいが速すぎる、時間があっという間に過ぎる、思わず時よ止まれ !
「早く夏休みが来ないかな、お正月が来ないかな !」等とその向こうの願望を期待するあまり神様に祈ったものである。
大人になると、未だ成就できない願望を危ぶむ余り早い時間の経過を惜しむのである、「時間よ止まれ、急ぐな !」と。
それでは、黄昏を迎えた老人達はどうなのか ?惜しむ秋に想いをいたし力漲る壮年期を懐かしむ「時よ戻れ!」
現役組とリタイア組、それぞれの立場によって違って来る、老いが急激に押し寄せて来るのはリタイア組、現役組に悠長な時間は感じられない、日々顔を合わせる人間関係で左右される。
「多忙!」これが老いを遠ざける唯一の秘訣、若い人と接する事の多い人ほど若さを保つ、その点、役所仕事の私は恵まれている。
過ぎ去りし過去を振り返り、帰らぬ後悔に涙する老いは私にはない、日々新たな出会い、顧客との嬉しい出会いが老境を活気づける。
新たな出会い、濃密な交遊、だから時間が足りない、時間よ止まれ。
今の私の願望
本当はいがみ合う人間関係は避けたい、要らない、出来るなら友好なままで人生を終わりたい、だから自分から去る事はしたくない、
嫌なことがあっても辛抱できるならそうしたい、三下り半は下したくないと言うのが本音である、だから勘違いするなよ、礼節忘れるな。
「寛容」この言葉を勘違いしないこと、弱さの裏返しだと錯覚しないこと、寛容な人は、いつでも戦う余力のある人でもあるのだ。
私が組織で受けた卑劣、それは選挙になると親しいはずの男と女がムキになって誹謗中傷に走ったこと、これは人間の浅ましさが見事に現れた現象だった、世界の中の日本、経済界の浅ましさと瓜ふたつ !
どの世界にも人を蹴落として卑劣な手段でポストを掴んだ者がいる、狭い枠内では有り余る証拠が積み重ねられている、
それをどうするかは理性との勝負、我々は黙って見逃したが、これからの若い者は我慢するだろうか ?
これが日本人の限界だろう !
これからの日本の行く末、推して知るべし! 私の人生への総括である !?