忘れている訳ではないのに日々の多忙にかまけて彼を
思い出すことも少なくなっていた、 N先生 !
ある方からのコメントで彼の死から8ヶ月経過した事を
知る。
哀しくも辛い別れだった、幼い吾子を残しての旅立ち程
胸に堪える苦しみはない。
人の前では整然と穏やかな雰囲気を醸し出した男だった。
私は、彼の素を見た数少ない人間の一人である、
懺悔を込めて、ここに記しておきたい。
見た目には健康な彼だったが、人知れず抱えていた病が
有った、手放せない薬をいつも忍ばせていた。
会の要職にあると言う事は家庭生活を犠牲にする事、
現役諸氏には、理解できる、身にツマされる話である。
いろんな要素が重なって彼の身に切ない問題が生じた、
苦悶の表情で彼は私に打ち明けてくれた、私も経験した
問題である。
どうにかならないのか ?
今度は、無理でしょう !
彼の身体全てに隙間風が吹いていた、数年前に父を亡くして
故郷の母の身を案じていた彼には、耐えられる精神的余裕は
残っていなかった。
いつでも会うから連絡してくれ !
多忙を理由に時間調整はできなかった、昼間のお茶でもいいよ!
やはり、無理だった。
この問題は長く尾を引く事になり、会の会長選挙の時期が迫って
来た、彼の腹を聞いて対処する予定だった私は、時間に迫られて
困窮していた、ギリギリ粘って彼の出馬は諦めた。
意思の疎通が測れないと言う事はお互いの心に疑心暗鬼が生まれ
る、結果論だが彼の会長への道は絶たれた、
あの家庭内の諸問題に彼の緻密で冷静な判断力は失われていた。
これ以上はもう触れない、私は墓場まで持って行くつもりである、
私があの世に向かう時、彼の居場所を探し出して開襟を開ける !
声にならない嗚咽! 腹から絞り出した男の慟哭は大街道の喫茶店
奥まった部屋でのことだった。
その後待ち合わせに度々利用することになる喫茶店だが、あの時の
テーブル席を見るほどに寂しさがつのる。( 切ない !)
彼は、取り返しのつかない後悔を家族に与える事になった、
夫、パパとの永遠の別れ、慟哭と言う取り返しのつかない悲しみを
家族にもたらせてしまったのである。
その名は N
彼の家族への懺悔は、私がともに背負う重荷である。
忍従の男だった、不条理な攻撃にも愚痴をこぼさず耐える男だった、
相手を恨む事なく、健全な精神の持ち主、故に愛しくてならない。
「花依清香愛 人以仁義」
花は清香に依って愛せられ、人は仁義を以って栄ゆ
土佐勤王党の盟主 武市瑞山、武市半平太
獄中で描いた自画像のわきに記された言葉である。
彼、N先生を想うと・・・
日本の幕末の動乱に心ならずも死ななければならなかった悲劇の
武士、武市半平太を思い出さずにはいられない。
ともに生きていれば、社会が 組織が変わったであろうに !?
武市瑞山、辞世の歌は
ふたゝひと 返らぬ歳を はかなくも
今は惜しまぬ 身となりにけり