世界で最初に原子爆弾が実戦使用されたのは日本の
広島である、
広島へ昭和20年8月6日午前8:15 原爆リトルボーイ投下。
長崎へは昭和20年8月9日午前11:02 ファットマンが投下
された。
映画でテレビで繰り返しその惨状は伝えられ、原爆の
恐ろしさと惨さを被害者の悲惨な被害状況を目にして
アメリカへの憎悪をたぎらせたものである。
その後の占領政策で、多大な米兵の被害を避けるため
やむなく原爆投下を決断した、
勝手な勝者の驕りは日本人に我慢を強いて今日に至って
いる。
アメリカの国防政策が揺らいでいる、同盟国への核の傘
政策はほころびを見せ始めている、本当にアメリカは、
同盟国を助けてくれるのか核での反撃をしてくれるのか?
北朝鮮核の実戦配備とICBMの完成6度目の核実験を待って
北の世界挑戦の序曲は最終章に入る。
広島、長崎の被曝体験のある人々の脳裏に迫る悪夢はどんな
ものであろうか ? 身体全体に響き渡る怒りの感情は如何
ばかりであろうか ! もしかして日本に三たびの原爆投下が
なされたら・・・と、思うだけでも身震いする。
被爆者にとっては経験した未曾有の苦しさ、それだけにこの
北朝鮮核問題は人ごとではない、
沈黙する反対派の動向を非難しながらも、直前に迫る核攻撃
による悲惨な予想を憂慮するものである。
台風影響下の薄曇りの空を眺めると、今にも核ミサイルが尾を
引いて落下する幻想にとらわれて身震いする。
三たび悲惨な核の惨劇に合わないことを祈りながら両国及び
世界各国の英知はないものか模索して貰いたい。
今回ほど他力本願にすがる現実が恨めしいことはない。
拉致被害者を取り戻さずして国土消滅は地獄の何ものでもない。
広島、長崎への原爆投下により命を失われた多くの方々並びに
永きに渡って後遺症で苦しめられお亡くなりになられた皆様に、
「心から哀悼の意を捧げます。」
明日の日本は ?