「そういやぁ! あんたは道路を歩く時、真ん中を歩いているね ?」
数十年前の港町、クラッシック調の喫茶店「きりん」で 私は 知人と談笑中、そのように言われた。
そういえばそうだったな ? その時、答えた言葉も覚えている、
「出来るだけ友人、特に女子供は道路の端を歩いてもらいます」 その頃、私には固いポリシ-があった。
当時の港町は、町全体が商売で潤っていたが、その分他所からの 出入り、不信な人間も多く集まっていた、
得体の知れない不良も 混じっていたのである。
夕方の商店街は人通りも多かった、2人の恋人同士が楽しげに話 しながら歩いていた、
道路の端側を男性が中央寄りに女性が歩いて いた、そこに酔っ払いが前から来たのである。
予測できない事態が起きた、すれ違いざま酔っ払いの口から罵声が 飛ぶと同時に、拳を握った右手が彼女の頬に直撃したのである。
一瞬の出来事である、狼藉者は商店街の人達に取り押さえられたが、 彼女は昏倒して意識を失った、救急車が到着して病院へ搬送され 男は八署のパトカ-に連れて行かれた。
この噂は私の耳にも入って来た、純愛中の私は、その現場を彼女と よく通っていた、その出来事が有ってから私の習性になっていくの である。
それが習い性になって女だけでなく男友達と歩く時でも私は中央を 歩くことにした、その方が暴漢と出会って不測の事態が起きても 即応できるからである。
一度だけ、その習性が狂ったことがある、空手の師匠と後輩Zと 3人で歩いたことがある、結構酒の量が入っていた、師匠が真ん中 私達が両サイドだった。
曲がり角の暗がりから突然中年男が現れた手に何かを握っている、 男は我々を避けるでもなくそのまま真ん中の師匠の前に立った、
(しまった !) とっさに身構えた私だったが ?
一瞬早く師匠の手が動いた、音もなく崩れたのは相手の男だった、 へたり込んだ男は嗚咽を漏らし始めた、一種の関節技のようだった。
師匠は何事もなかったように平然と歩き出した、 ある年のお盆の賑わいのひとコマだった、武道は奥が深い。
それ以降も私は頑なに友を脇に追いやって横着構えて歩いている !?