そぼ降る雨よ 未練雨
豊予海峡は遠かった。
「お父さんは、待っていましたよ !」
彼の妻の言葉は身に突き刺さって男の心を激しく揺さぶった。
あれほど陽気で強気の男が三重苦の病に魅入られていたとは ?さすがの私も彼の妻の年賀状の行間から読み取ることはできなかった。
普段なら一跨ぎの四国と九州なのに二人の間の海峡は険しすぎた。
「Sよ!」「K兄 !」と呼びあった友情、高校から始まった契りは60年におよぶ !友が伏して此の方、病と生活苦に呻吟した歳月だった。
人を助ける事はあっても、我が身の救いは求めない、それがせめてもの男の生き様だと信じて潔癖をやり通した。
それが為に友との再会も叶わなかった、負け惜しみかもしれないが人に尽くすことで貧乏を余儀なくされた。
私の人生はそれで良いのだと得心しているが、やはり家族には犠牲を強いてしまった。
仏壇の残り火、
ローソクの火が消えかかる時、一瞬だが最後の力を振り絞る、燃え上がる想い !私の人生の幕引きは、残り火に託して見よう !
「綺麗に生き通しましたよ、お天道様 !」
胸を張って黄泉の国へ参ろう !
海峡跨いだ友との友情、その続きはあの世で叶おう !
港町は下道の飲み屋街に、肩で風切るいなせがいた、「健ちゃん! 健兄 !」・・・と 飲み屋街のお姉さん、綺麗どころから慕われた男伊達 !
特筆は町の強面兄いや後輩達が羨望の眼差しで後ろ姿を見送ったこと、金銭感覚に潔癖な男は弱き者へ手を差し伸べた、私と共通の矜持を秘めていた。
熱き青春にモテないはずがない、関係者には申し訳ないが、いっ時、男の季節に艶っぽい話がない筈はない。
男同士の内緒話しはあの世に持って行く。
海峡から爽やかな風が吹いて来た、
「おじいちゃんの病気を治す医師になる !」彼の血を引いた孫がそう言って誓ったそうだ !
「健にい! 泣かせるね ! 涙が出るよ !」
豊予海峡を跨いだ男の友情は終りを知らない。
夜の帳が下りた下道の居酒屋、その暖簾を男がくぐった、左右前後に後輩を3人連れていた、
「いらっしゃい !」親父の顔がほころんだ !「健ちゃん! 嬉しい ! おかえりなさい !」女達の顔がほころんで店内に笑い声が起こった。
昭和が燦々と輝いていた港町、奥さんとの電話を終えた私は しばし男の幻を追っていた !
「今夜は奴をしのんで男酒、一節 男歌でも唄おうか !」
五木ひろし 灯りが欲しい
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