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人生

最後の授業 心ある人へ

最後の授業 心ある人へ

人付き合いの少ない人や人見知りする人は私の知る限り許容範囲の狭い人が多い、 物事の解釈が比較的狭いのである。

「あなたに心を割って話せる友人はいますか ?」

気むづかしい他人を見ると、そう思い、気の毒になる、何故なら困った時、助けてくれる人がいない確率が高いのである。

自業自得とはいえ、そもそも人の苦労に目を向けない、気がつかない、そもそも助けてあげるという発想が湧かない、だから助けてくれる人もいない訳である。

時々思うことは、いかに親の教育が大事か、お手本を示して来なかった報いが子供に現れるのである。

私が貧乏をしても人の世話をするのは、若い頃の反省と償い、その上我が子を思う親心が他人の不幸へ向くのである。

人の不幸に関心を示さない人は、いづれ我が身へ不幸の順番が回る。

人助けしなかった者にお天道様は施されるはずがない、自業自得なのです、誰を恨むことなどあろうか   ?

そんなこんなで、私の日常は忙しい、無償の愛ほど心豊かになることはない、「あいよ!」と引き受ける  !

だか、これも日本人だけに通じるものかと思っていたが何々、世界共通だと思い知った、

香港、ウイグル問題を見れば弾圧される側の民主主義の気高さを再確認する、不幸にある弱者の為に怒る世界の人々、反対に弾圧する陣営から弾圧を止めよと抗議の声が上がることはない。

人のために汗をかかなかった人が私を頼って来る、やめておこうかなと思わないでもないが、まあ良いかと引き受ける、勿論人のために尽くす人と同列には向き合えない。

ある段階で身を引くことになる、それが困るなら人のために汗をかくことである、それで今日まで来たのだから無理でしょうね、結局自分自身で努力することである。

私は仕事を引き受けたら関係者に大小に関わらず心を届ける、わずかなものでも心を込めて感謝の形を現す。

ところが仕事を世話しても言葉だけ、うわべだけの人間が多くなった、礼儀作法のできない人が増えましたね、そこで私は自分の歳を考えて、ある考えに至った、

真心の伴う真面目な資格者に仕事を回すようにしたのである。

他の国の先端技術や軍事技術その他の秘密を盗む、国家ぐるみでサイバー攻撃、元手要らずのスパイ活動、その結果大国になった国、世界の秩序が歪むはずである。

アメリカは今気がついて真剣に対処している、個人間の信頼関係も似たようなものである、楽して得する不届き者に自覚させることも必要である、甘い汁を吸わせる訳にはいかない。

弱小国家を助けるアメリカと同じである、無駄を省き、必要なら思い切りチェンジする、私の若い者への最後の授業が始まった。

青空が眩しい             !?

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