許すことの豊かさ
人間の営みは多種多様、視線を世界又は宇宙に向けると現実の社会が小さく見える、友人知人と話していても、まるでどこか小さな孤島に来たような錯覚を覚える。
話題そのものが余りに小さすぎて息苦しくなるのである、田舎言葉で「せせこましい」ギスギス角が立つ、穏やかに話していても人の悪口ばかり、肩がこるはずである、人の誹謗中傷は飽きが来た、もっと建設的な話はないものか ?
他人の悪口を言っていたら、視線はあくまで目の前だけ、遠くやあの星空を見ることもできない、視野が狭くなる、大きな広がりに注意がいかない、だから、世界的な知識の吸収ができない、視野狭窄でいいんかい ?
そんな私だから陰口叩かれても余り気にならない、カッと来ることもない、相手の懐、器量が小さく見えるからである、相手にしなくてもいずれ消える、大成はしないなと思うから哀れさが先に立つ !
心の幅が狭い奴ほどガミガミ文句を言う、包容力が乏しい、物事に拘り過ぎる「許す!」と言う包容力が欠落している、はっきり言えば小物だと言うこと !
こんな人は本当の友人が居ないのではないか、寂しい人だなと不憫にさえなる。
まあ!人のこと言っても益にならない、私は嫌なことは後に引かないようにしている、出来るだけ不快な思いは忘れるようにしている。
人の悪口を言う人と一緒にいて不愉快になるならそもそも会わなきゃ良いのです、類は友を呼ぶ、だったらそんな類は避けて通る、しかし私が変人ゆえは、相手が望めば会うこといとわず、だから私は変わっていると笑われる。
人を責めることは、我が心の幅を狭めること、人が離れて行くこと、だからではないが、責めることの反対語、「許す」私はこれを心がけている、許す!それは心豊かになる事、人付き合いが増える事、人の和が広がる事。
ネガティブから ポジティブへと世界が明るく広がる現象、白黒映画が総天然色映画に変わった頃の感動を思い出す。
悪人退治は警察に任せば良い、なまじか身内の人間同士が立場を利用して相手攻撃、ライバル追放に走ると、行き着く先は共倒れ、その怨念はさらに怨念を呼ぶ !
今回、その状況を上部が把握した節がある、よもや ? まさか ! その結果は思いもよらぬ悲劇を呼ぶかもしれない、部外者の私だが彼等のために祈る、どうか無事に鎮火してもらいたい。
人を恨むな、怨念を残すな、その足音が歩を早めている、ブーメランでその速度を早めている、人間の知恵の浅はかさ、遅くとも相手を許す立場に立ち返れ !
たかだかこの人生ではないか、「許すことの豊かさ!」ただ今、実践中 !
ワクチン予防注射、第一回目終了、心晴れやか、オーライ !?
杉の子さん。
「言うは易し、行うは難し」で。誰にも真似のできることではありません。
貴方の経験の中から出た言葉と知れるので、心して拝読いたしました。
いつか自分もそうなりたいと、願っております。
oneact01さん、おはようございます。
日本の安全と防衛、皇室護持、この信念の前には身を捨てる覚悟ですので
現在の皇室問題は日本弱体化勢力に体良く利用されていて悲しむ事です。
もちろん何もかも「許す」ことではありません、怒ること、諫めることも
必要です、大多数の国民は、現在日本に迫る国難を理解しておりません。
外への関心ごとが気薄すぎて防衛に関する備えも怠っています、現場で日夜
奮闘する自衛隊と米軍で辛うじて安全が保たれている状態です。
あなたの指摘する現実を私は常に直視、同意致します、勇気を持って進んで
下さい。
コメントありがとうございます。