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人生

悲しい便り 喪中見舞 師走

悲しい便り 喪中見舞 師走

慌ただしい師走の風景の中に悲しみの便りが届く、人の縁の多い少ないを実感する季節でもある。

人付き合いの少ない人はそれなりに、多い人になると悲しみが倍加する、連日のように郵便局員がお歳暮か喪中見舞いかどちらかを配達して来る。

喜びと悲しみ、映画の題名にあったが人の世の 縮図を見る思いがする。  

年齢のいった人は、功なり遂げた想いを偲び、まだ若いお方は、その無念を思う。

予想だにしなかった交友の多さに比例して私の師走は「その人しのぶ」鎮魂の季節になる。

今年の師走は肉親との別れが続いた事もあって例年以上に悲しみが堪える別れの季節になった。

今朝の新聞のお悔やみ欄にも親しい知人のお母様のお名前が載っていた、母の手ひとつで名院長の誉れ高い医師に育て上げた慈母のお人だった、

私が「我が命託します」と全幅の信頼を寄せる医師の母堂様である。

数十年前に天国に召された我が母の思い出と重なった、別れは辛い、電話で語る友の胸も私に同化して震えた。

「来る人ありて、されど先に去る人ある事を忘れるな」 私が会得した教訓である。  

「おめでたい人の誕生の前に、やり遂げた人、途中で途絶えた人の居たことを忘れるな。

見送る別れの季節、その後に積雪越えて新緑の芽吹きを迎える、今朝も哀しみを堪えて患者に向かうその人の自慢の院長の姿がある。

「あなたは、私の命を託す人、まず母を幸せにした人なのです、いつの日か母上に逢える日が来ますよ。」

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