雑談

望郷 タケちゃん 心優しい 先輩

四国の片田舎、リアル式海岸が続く湾の入江にその村はあった。
250軒に満たない寒村は半農半漁の貧しい村、人々は寄り添って
助け合っていた。

村の神社の麓、石段の上り口の傍にタケオ君の家は在った。

兵隊帰りの厳格な父、控え目なおとなしい母、6つ歳上の兄、
そして6つ歳下の弟、5人家族の貧しい家庭環境だった。

どう言うわけか父親はタケオ君に辛く当たった、妻への不信が
言われなき彼に向かったと村人は噂した。

彼には、盆も正月も無い苦役が課されていた、家で飼っている
ヤギのエサ、草刈りが毎日の労働だった、それは雨の日も風の
日も更に雪の日や嵐の日も休みなく続いた。

海岸線を回りくねって、岬を越えた隣り村に小学校と中学校は
在る、授業を終えて家に帰ると彼は傾斜のキツイ山に向かった。

その時代、戦後の混乱期、学童達はたくさんの遊びがあった、
春は山に分け入って小鳥達を捕まえる、縦横無尽に駆け巡った、
夏は目の前に広がる海に飛び込んで泳ぎ回った。

そして秋、野山に実る果実を摘んで食べた、村はまだ芋と麦を
生業として貧しい生活を余儀無くされていた、
学校は農繁期で家の手伝いのため臨時休業が当たり前だった。

冬は、採り入れの終わった後の寂れた様相を見せて、年の暮れを
迎えていた、
村全体が貧しかった時代、のどかな農村風景の中に佇んでいた。

しかしタケオ君に四季の移ろい、彩りを楽しむ余裕はなかった、
日々、年中が勤労の苦役の真っ只中におかれていたのである。

彼の偉かったのは、実の父に怯える日々なのに、一言も泣き言、
愚痴をこぼさなかったことである、たまに出るゲンコツの痛さを
想像すると彼の萎縮した子供心が憐れでならなかった。

家では可哀想なタケオ君、外で遊ぶ彼は強くて優しかった、
先輩にシカト等で差別される私を労わってくれる兄貴分だった。

Sやんは、俺の弟分、暗黙の内に私をかばって懐に入れてくれた、
タケちゃんはおいらの兄貴分、家の陰で父親を恐れる兄貴分の
姿を見ると、その理不尽さが可哀想でならなかった。

タケちゃんは、中学を卒業すると家の手助けのために大工さんに
弟子入りした、そして同級生のしっかり者 Sちゃんと結婚した。

結婚式はどうだったか ? 私の記憶には残っていない、
ふたりだけの結婚式、何処かのお宮さんであげたのではないか。

私は独立して店を持った、タケちゃんは4人の子供の親になって
いた、思い出したように店に顔を出してくれた、

その顔には疲労の陰も有ったが、それ以上に父親としての自覚が
強くにじみ出ていた、既に弟子から独立して一家を構える親方に
なっていた。

数年後、まさかおいらの兄貴分タケちゃんが亡くなるとは思いも
よらなかった、

ある年の暮れ、子供時代の辛い家庭環境で影になり日向になって
かばってくれた亡き母さんのお墓参りの最中タケちゃんの鼓動は
止まった。

私の店へ弟子達と寄ってくれた兄貴分、帰る間際ドア越しに振り
代える先輩は私を寂しげに見つめて立ち去った。

「Sやん、ありがとう、頑張れよ ! 水商売たいへんだろうが
負けずに頑張れ・・・」 無言の表情がそのように語っていた、
心の優しい先輩、頼もしい兄貴分は永久の別れに来てくれた。

それは、亡くなる半月ほど前のことだった、とわの別れになった。

私がこの世の役目を終えてあの世へ向かう時、真っ先に逢いたい
人で有る、

「タケちゃん、ヤギのエサ、草刈り 一緒に 手伝うよ ! 」

子供時代のあれこれを、語り合いたい。
「タケちゃんは、おいらの兄貴分、Sの自慢の兄貴 !?」

「阿部 武男」
S こと 杉の子 上杉 嘉一 を慈しんでくれた敬愛する先輩の名前である。

弱者に目が行く、私の義侠心が芽生えた原点で有る、
助けてあげたかった、支えてあげたかった、涙に滲む兄貴分、

押忍。

望郷 タケちゃん 心優しい 先輩” に6件のコメントがあります

  1.  杉の子さん。

     しみじみと読ませて頂きました。幼い頃から、貴方は素晴らしい出会いをたくさん経験しておられるのですね。18で住み慣れた土地を離れ、ほとんどを東京で過ごしましたので、懐かしい友とほとんど会う機会がありませんでした。大事な親とも、数えるほどしか顔を合わせておりません。親不孝な息子だったと、何かあるごとに心の痛む自分です。

     人とのつながりを大切にされる貴方だから、いっそう中身の濃いふれあいが生まれるのですね。私も、そのふれあいの仲間の端っこに加えて頂き、有難いことです。今度は、レオさんの畑でお会いしましょう。コスモスさんと一緒に、「ふるさと」を歌いましょう。楽しい夢です。

  2. onecat01さん、
    人それぞれに人生があります、恵まれた人にはその人の、恵まれない人にもその人の人生があります。
    行きかう人、すれ違った人、立ち止まるかそのまま行き過ぎるかでお互いの人生が決まる。

    レオさんやコスモスさんとの出逢いがこうしてお互いの交友に繋がりました、何と不思議でしょうか、
    ありがたいですね、振り向くか振り向かないかで出会いの色合いが違ってくる、よくぞ出逢いましたね、
    そう思うと只ただ感謝しか有りません。

    神奈川の知人から電話がかかってきました、今度東京で逢いましょう、その時は千葉の友人を紹介します、
    一緒に飲みましょうと伝えました、楽しみに待っていますとの返事、彼は剣道・居合いの現役、質実剛健
    土佐は高知のサムライです。

    私の財産は幅広く交友関係が全国に散らばっていること、真面目に生きた証です、男の友情は墓まで持って
    いく。
    又、杉の子酒場で飲みましょう、何でしたら店を出て直ぐの杉の子浜辺に場所を移しましょうか ?
    そろそろビ-ルが冷えてきました、レオさん、コスモスさんも来る頃です。

  3. 杉の子さん。
    onecat01さん。

    おはようございます。
    コスモスも杉の子さんが書かれた先輩タケちゃんとの思い出を読ませて頂き
    胸が一杯になりました。
    敗戦後の日本であった幼少時代、食べ物もなく何時もお腹を空かせていましたね。
    当時出会った同級生や教師との繋がりこそが、生きる気力になっていたように
    思えます。
    朝鮮から引き揚げて、両親の故郷で過ごしたのは10年間でしたが、ことあるごとに
    思い出されるのは、この時代の事です。
    田植え、芋植え、山へ行き材料から調達して作った箒、手作りの文集、教師が自ら
    作って下さった問題集、校庭で先生と興じたドッジボール、バレーボール・・・等々。
    懐かしい思い出ばかりです。

    転校ばかりしていたので、コスモスも友人と直ぐ別れがやってきて、杉の子さんの
    ように、現在も続いている交友関係は皆無に近い状況なのですが、小学校の頃の同級生が
    毎年同窓会のお誘いをして下さっています。
    残り少なくなった友人の無事を確かめ合っています。
    童謡、唱歌を聞くと波が押し寄せたように、何かがしごき抜けて通ります。

    何時かは!何時かは! とこれから先の楽しみを夢に見ております。
    父が尺八の師範の免許を持っていて、まだ学校へも行かない頃、コスモスは悪戯に吹いて
    いたのです。教えて欲しいと父に頼んだら、首を振るので女性がするものではないと、教えて
    貰えませんでした。
    横笛は吹いたことがありますが、オカリナは手のするのも今度が初めてです。
    せめて思うような音が出せたら・・・と思います。

    杉の子さんのブログでコスモスを「過大評価」して頂けるので、良い気分になりもしますが
    空恐ろしいというのが本音です。
    コスモスはやっと卒業できた劣等生でしたから。
    今は!女王様ですか~!恐れ多いことにございます。

    https://www.youtube.com/watch?v=FvbqNJQn2zQ

    今日は宗次郎さんのオカリナ演奏をご一緒に、杉の子さんの浜辺でお聞きしましょう。

  4. コスモスさん、
    人はひとりでは生きていけません、有形無形に支えられて生きています、それに感謝できるかどうかで
    人間としての値打ちが分かるのだと思います、私はたくさんの人々に支えられました、だから少しでも
    お返しの意味で困った人の相談に乗るのです。

    童謡、唱歌は感性を育てるには最適なものですね、情緒、人を敬う真心、大切な道徳教育だと思います、
    そこに楽器に触れる機会がおとづれる、経済的に叶なら習うことも情操教育の面では必要だと思います。

    宗次郎さんのオカリナ、何度聴いても心が和みます、是非習ってください、オカリナに触れることで、その
    音色に酔いしれることで悩みは吹き飛ぶと思います。
    尺八を見ることでお父様の思い出につながる、父と娘の絆が再確認される、うらやましいと思います。

    お互い子供の頃は貧乏でしたね、日本全国がそうでした、しかし、その中にも忘れられない想い出がある、
    世界情勢が過去に戻ろうかとしています、戦火のない日本でありたいと思いますが、さてどうなりますか?

    今宵もあなたにプレゼントされた宗次郎さんのオカリナ演奏をじゅっくり聴きたいと思います。
    コスモス先生のオカリナ伴奏で、一夜のワンマンショ-、遠くで手を叩く音が聞こえる、onecat01さんだ!

  5.  杉の子さん、その通りです。

     拍手しているのは、私です。コスモスさんのオカリナなら、聴衆をうっとりさせるに決まっています。
    実は私、オカリナと言いますと、宗次郎という人しか頭に浮かばなかったのです。
    なん年前でしたか、千葉市の市民音楽ホールで、宗次郎のオカリナ演奏会があり、家内と聴きに行ったことがあります。軽妙なトークと、綺麗なオカリナの音に、時間を忘れました。難点は、素朴な楽器なので、何時間も続けておりますと、きまぐれな聴衆が退屈いたします。宗次郎さんは、軽妙なトークと、軽快なピアノの演奏を交え、聴衆を惹きつけておりました。

     だから、コスモスさんのオカリナだって・・・、あ、そうなんです。貴方が笑顔をみせながら、そうして童謡を一曲歌えば、聴衆は心を奪われるのです。私はもう、想像するだけで楽しくなります。

     杉の子劇場での、コスモスさんのワンマンショーを、ありがとうございます。今晩は、優しい夢を見ながら、床につくことができます。

  6. onecat01さん、

    杉の子劇場のこけら落とし、コスモスさんのオカリナ演奏、onecat01さんの拍子木、絶妙なタンミングでした。

    今宵私は、〇〇史観について考えております、それではおやすみなさい。

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