目にも留まらぬ早さ、そう速さ!
予想しないパンチが意識せぬ間に当たった。
崩れ落ちて尚、本人は気がつかない、
周囲のざわめき、心配そうに覗き込む人の
顔が目の前に、ようやく意味が飲み込めた。
相手のパンチが当たったんだ?
何? ノックアウト! ええ? そんな !
ボクサーの独り言、徐々に体のあちこちが
痛んで来た、
その痛みより、より以上心を責める屈辱感 !
チクショウ !
血を吐く思いの減量にも耐え走り込んだのに?
プロと云うものの限界を超えたトレーニング、
今、こうしてチャンピオンを目指して青春を
突っ走る若者達を指導するジムの会長がいる。
彼から先日、喪中見舞いが届いた、
奥さんの親が亡くなった、その知らせである、
逢いたい、逢っていろんな事を話したい ?
私と彼の関係は、彼がこの世に生まれる前から
始まっていた。
新進気鋭のプロボクサー、ある事で一時帰郷して
私と知り合った、
素人喧嘩しか見ていなかった港町で彼の華麗な、
いや凄みのあるパンチは冴え渡った。
町のチンピラ達が震え上がった、喧嘩とは、プロ
のパンチとはこんなにも速く凄いものなのか ?
ある時彼は、喧嘩に自信の有る男に試しに殴って
みよと声を掛けた、
云われた男は、始めは遠慮してためらっていたが
彼の再三の求めに応じて思いきり彼の顔面を素手で
殴った。
鼻柱を叩いたようだが、彼はニンマリと笑って平然
としていた、
叩いた方が手を痛めたようで顔を歪めた。
これだもの少々喧嘩慣れしていてもプロには通用する
筈がない、
このデモストレ-ションを見ても芦原氏の強さが実感
できると言うものである。
一方的にけりがつくということはこんなところからも
見て取れる。
港町の喧嘩自慢たちは陰口叩いていても彼を前にすると
愛想笑いをしてよけた、その顔は引きつっていた ?
彼は当時私のアパートに転がり込んで、いそろうを
決め込んでいた、
無茶苦茶な暴れん坊にして憎めない男、
私が彼ともう一人のいそろうと三人で商店街を歩くと
前からくるチンピラ達は、通りの脇に避けた。
この男こそ前段のジムの会長の実父、プロボクシング
ジムを興した初代会長である、
芦原会館初代館長が八幡浜市に根を下ろすと間も無く
彼は上京した、
私の知らないところで芦原氏との交流は続いていた、
先輩! こう云う事が・・・・・と ?
自然に耳に入って来た、芦原空手のサバキ開眼も彼から
持たらされた、合気道との出会いも彼から聞かされた。
プロボクシングジム初代会長、二代目会長ともに現役、
私の口は、これ以上は慎みたいと思う。
逢いたい! 逢ってあれこれ語りたいと思っている。
男達の挽歌! 男達の邂逅! 武道魂、遥かなり。