蝉しぐれ 文四郎と福 あの日の君へ
人の世に男と女が居る限り出会いと別れは人の世の常、
私は幾多の男女の別れに、様々な涙を見て来た。
情けが深いほど、その悲しみは止む事を知らない、
狂おしい程の苦しみに我が手で命を絶つ者もいる、
為さぬ仲、あの世への道行きは余りにも切ない。
私の友に、そんな悲劇を身近に見て来た者がいる、
心の底に悲しみを秘めて、健気にも笑顔を見せる
男だった。
口に出せぬ狂おしい迄の恋心、相手をそっと眺める
だけで涙する女がいた、
昭和の御世には、たくさんの慎ましやかな女達が
いたのである。
「あの人が好き・・」涙を堪えて訴えた乙女がいた、
振り向いてくれない彼には既に付き合う女性がいた、
「マスター!」大粒の涙ほど哀れに感ずるものはない。
私は、あの時代を振り返ると、
人生にもし ? & イフがあったならと思う時がある、
彼女たちが惚れて恋い焦がれた男たちと添い遂げて
いたなら、
どんな家庭、どんな人生を送ったのであろうかと ?
案外かかあ天下になっていたかも ?
だとすると苦笑を禁じ得ない、
好きな男と愛でてもけして幸せになれるとは限らない。
不幸の谷間に転げ落ちていたかもしれないのだ ?
そう考えると、
「今の幸せが一番だったんだよ」
と声をかけてあげることにしている。
・・・・・
「文四郎さんの御子が私の子で,私の子供が文四郎さんの
御子であるような道はなかったのでしょうか ?」
さめざめと言葉を紡ぐお福の声の後ろから,蝉しぐれが
響き渡って来た・・・
藤沢周平 蝉しぐれ、クライマックスの場面である。
・・・・・
誰にも鼻にツンと来る思い出がある、過ぎて尚感傷に浸る
恋心、女心は切ない。
「そんな思い出があるだけで幸せなんだよ」
私の自戒を込めた言葉に、彼女たちはホッとしたように
笑顔を見せてくれた。
松林の中を砂に足を取られながら、男は女の手を引いた、
汗ばむ夏の夕刻、耳を漏ぜむ蝉しぐれが響いていた。
過ぎ去りし遠い思い出を偲び、幻が空を舞っていた。
津軽慕情 福田こうへい (原曲 山本謙司)
作詞:平山忠夫
作曲:遠藤 実
ふるさと恋しい おふくろ恋しい
帰りたいのに 帰れない
歌よ 故郷よ