三月、別れの季節、年度替り、人々の想いを乗せて
暦がめくれた。
その所為か冷たい雨がイヤに別れを惜しむかのように
降り続いた。
今日から四月、出会いの季節、人事清新の新年度初日、
冷気が去り空は見事に晴れ上がった、正に春たけなわ。
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二十四の瞳、それは私の従兄のお嫁さんのふるさとの
小学校の物語。
松竹大船撮影所製作、木下惠介監督・脚本、高峰秀子主演
による日本映画、
日本が第二次 世界大戦を突き進んだ歴史のうねりに否応なく
飲み込まれていく女性教師と生徒たち、
戦争をまたいで女先生といたいけな12人の子供たちの物語は、
国民の感涙を絞った。
壷井栄著 女性の視点から眺めた壷井先生の作品は、
戦争の渦が瀬戸内海の小さな島へ波及して子供達の運命をも
弄ぶ、悲しみとそれにめげず前を向く子供達の姿は胸に迫る。
現地の子供達が出演した、その素朴な姿に感銘を受けた思い出
の映画である。
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竹馬の友の話題、小さな想いの物語、触れて見ましょう !
「 Sさん、何処か? 旅行どうかしら? 検討して !」
一昨年の秋、幼友達のMちゃんから電話がかかって来た。
女性達の希望は初め九州そして安芸の宮島さんに代わった、
我が故郷はみかんの産地、季節ごとに多忙な農作業がある。
暇な時期を見ての旅行日程が求められる・・・
ところがその翌年の昨年は同級生にとって悲しみの年廻りに
なった、大事な子供、そして妻、更に女性の同級生と不幸が
続いた、それ迄女性達に亡くなった人はいなかったのである。
女性たちの落胆と悲しみ、自然に旅行ばなしは消えた!
そんなところに先般、大阪の友と電話で話す機会が訪れた、
数人の男達とは、行き先は京都でどうかと内々に話して
いたのである、その意向を伝えたところ大いに喜んでくれた。
誰かが先陣を付けなくてはならない、
Mちゃんからリクエストされ、今日迄伸ばして来たので私が
言い出しっぺすることにした。
地元の幹事役さん、肝心要のMちゃんへと京都行き計画を報告
したのである、
喜んで賛同した事は言うまでもない、京都の友は幹事役は荷が
重いと云うので地元の面々が計画、手配一切を請け負ってくれる
事になった。
京都旅行は、中学の修学旅行以来、
「一泊では見て回れんぞ ? せめて二泊は要るぞ !」
男のTちゃんのリクエストである、早速人望厚い世話役Sちゃんに
伝える、苦笑いしていたが内心は勿論大賛成である。
計画は、速度を上げて回り始めた、二十四の瞳、子供に帰った
お年寄り達が京都の夜景を見ながら祝杯を挙げる。
旅立った友の面影を偲びながら旧交を温める、友よ! 永久の友よ!?
Keisuke Kinoshita | Twenty-Four Eyes : 映画に見る昭和 「二十四の瞳」 1954
この動画はYou Tubeでご覧ください。
杉の子さん。
童心に返って、京都の夜を楽しんで来てください。
今は亡くなっていますが、叔父やお叔母が住んでいましたから、大学生の頃、九州への帰途、途中下車して何度も訪ねました。酒と失恋と、説教と涙と、甘く懐かしい京都です。
選挙に同窓会にと、仕事以外でも活躍されている貴方に、千葉からエールを送ります。きっとコスモスさんも、沖縄からエールを送ってくれますよ。
コスモスさん、
難しいお話をしてしまいました、どうか政治的なことに気を使わないように願います、
コスモスさんは、のんびりと自分の事、協会の事、家族友達の事だけを考えて下さい。
大事な人生、難しい男の世界に引き入れてはなりません、どうか気楽にお訪ね下さい。
ストレス解消、団欒の場に杉の子酒場をご利用下さいね。
onecat01さん、
ありがとうございます、童心に返って京都の夜を楽しみます、
京都は、私の友が板場の世界で羽ばたいた街、甥が有名ホテルに勤務して男女の有名
芸能人に可愛がってもらった街、♪ 京都の恋の渚ゆう子をコンサ-ト会場で母と姉に
会わせた思い出、古都京都は私の憧れの街。
杉の子さん。
コスモスさんへの貴方のメッセージを読み、嬉しくなりました。今のコスモスさんには、貴方の言葉が何よりです。難しい話はいけません。あるがままのコスモスさんでなくては、コスモスの花はしぼんでしまいます。杉の子さんにとりましても、私にとりましても、沖縄のことはそのまま日本の問題ですから、他人事でなく、身近に考えていることだけ知ってもらえればいいのですね。
コスモスさん。
「ゆうなの花」を聞いていましたら、「美わしの琉球」という歌を見つけました。これも、哀調をおびた歌ですね。杉の子さんは知っているのかどうか、しばらくは私だけで楽しむこととしましよう。
onecat01さん、
コスモスさん、
おはようございます、穏やかな春霞に包まれた日曜日、朝のコ-ヒ-を飲みながら
のんびりと新聞に目を通しています。
「ゆうなの花」の「美わしの琉球」もちろん聴きましたよ、哀調をおびた歌を聴きながら
私は、あの沖縄戦のひめゆりの塔の女学生たちを想っていました。
もし、戦争がなかったら彼女達の青春とその後の人生はどんなに幸せ花に彩られたことでしょう!
ほのかな男女の恋もあったことでしょう、運命に翻弄され引き裂かれる恋は切ないですね。
春の花(沖縄こどもの国から。)「沖縄こどもの国」「沖縄こどもの国花まつり」
色とりどりの花々の間を、きれいに清掃された花壇の道を、
お孫さんとゆっくりと歩くコスモスさんの姿が見えてきました、
いつくしみ深き人、慈愛の人、そして、困難にめげず明るく振舞ってがんばってこられた女性その人、
それはコスモスさん、あなたです。 onecat01さんと私にとって、かけがえのない人。
コスモスさん、あなたのお陰で私はコスモスの花が好きになりました、
「素朴で可憐」それは私好みの女性像。そばでonecat01さんが笑ってます。
杉の子さん。
onecat01さん。
穏やかで温かい日曜日となりました。
穏やかなのに、頭も穏やかになり過ぎて、ドジをしてしまいました。
日曜日は何時も息子が教会へ送ってくれるのですが、ついでにコスモス必要な
買い物をして、息子に預けて教会へ参ります。手提げバックに家の鍵をいれたまま
息子に渡してしまい、帰って来たものの家に入ることが出来ませんでした。
息子に「何時ごろ帰る?鍵を入れたまま渡してしまった!」と電話。
呆れた声の返事で「夕方まで帰らないよ。」
で、コスモスは散歩しながら、白い花の(あの写真の)友人宅でお喋りしていました。
家の前でさぞ困っているだろうと、息子は帰って指定の場所へ鍵を置き・・・。
と、自称しっかり者のコスモスの世話に困っております。
杉の子さん。onecat01さん。お二人こそ、コスモスに気を遣わないで下さい。
返事を困らせるようなコメントを書いてしまい、コスモスの悪い癖なのです、ごめんなさい。
帰って、PCをいじっていましたら、明日投稿するはずの「白い花」の画面から、花が半分
消えてしまい、またやり直しです。あ~、最初からまた見直し!とため息をついたのですが、
「まだまだ時間はたっぷりあるよ。」ということなのだろうと、思い直して参りました。
コスモスが今日は出遅れましたが、杉の子さん。かってのコスモスの「古巣」の街へと
行かれるのですね。
20代の半ばから30歳になるまで生活したところです。楽しかったことも辛かった思い出も
今は懐かしく美しく彩られています。離婚して沖縄から2度訪れましたが、京都の風景は
何処を歩いても一枚の絵のようです。
杉の子さんご一行の旅が楽しく過ごせること間違いなし、ですね。
杉の子さんほど、歌を知らなくてonecat01さんが仰る「美しの琉球」を知りませんでした。
50代まではコスモスも歌の活躍の場(農業と婦人会の集まりですが)があって、リクエストは
「芭蕉布」でした。高音の歌です。両方とも「石嶺聡子」さんの歌が好きですよ。
お喋りついでに、長くなりました。今日はトンチンカンの日ですから、無事にコメント届くのか
コスモスもさすがに憂い心でおります。
杉の子さんの旅のご報告も楽しみにしております。