新しい出会いを求めて、
「Sさんですか、Aと申します ?・・・」
先日、ご婦人から電話がかかってきた。
懇意なB先生が紹介下さった親族の方からだった。
私の場合仕事に土曜も日曜もない、毎日が仕事日
クライアントのご希望に沿って雨が降ろうが雪に
なろうが何のその ! 出向きます。
今日も午後一番、御宅へお邪魔する、
こうして、私は仕事を受注するたびに交友関係に
発展する、だから毎日、日々是好日 !
嬉しくも楽しい出会いの幕開きだった、
亡き親友の縁戚に連なる人、紹介者のB先生は
フルコン空手の師範代。
それなのに「Sさん空手の話をするのが嫌いなんよ!」
彼のその真意を私は理解できる、腕自慢をする者、空手
を見せびらかす者への嫌悪感がそう言わしめるのである。
内に秘めた闘志は沖縄空手の人々に通じるものがある。
「儀を見てせざるは、勇なきなり」の実践者、普段は
温厚にして寡黙な男、昨日の友人とは又一味違うタイプ。
私の交友録の中の空手家たちは、それぞれ個性が有る、
今度、武勇伝を交えて彼らの隠れた姿を描写して見たい。
ただ彼らに共通することは、若い血潮の発露とは別に
年と共にその過激な負けじ魂は鳴りを潜め静に行き着く。
到達した魂の居場所は、茶の道に通じるものがある、
先般40年ぶりに再会した蒙古放浪歌の友に片鱗を見る。
穏やかな物腰、キラリと光る丹田に収めた男の心粋 !
ただ、隠せないのは目の光りと力 !
伝統流派の重鎮は一点を見る目力が違っていた、射抜く
その眼は、あの日の男の片鱗を覗かせていた。
私の交友録は更に光り輝いて愛国の魂を磨く、
人生の玉手箱は新しい出会いを求めて、その先に有る。
男達の友情、空手に咲いた交友録、色褪せることはない。