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人生

祈り

「ゆるしてください もう しませんから 」

習い始めた五歳児が書く文字でしょうか ?

そのことを思っても、胸がかきむしられる !暖房もない、明かりもない部屋で書かされるこの子が不憫でならない。

一才の弟は溺愛される、その落差をどんな思いでこの子は眺めていたであろうか、

ただ、その仕打ちは何もされずにほって置かれる無傷のものではない、鬼畜の形相から子供には耐えられない暴力が伴っていた。

可哀想なので触れまいと思うのだが、テレビに映るあどけない笑顔を見ると胸が張り裂ける、只今、現在の国民共有の感情だろう。

私達、スポ-ツ、武道を習った者は、殴られる痛み、衝撃 が十分理解できるだけに不憫さが増してならない。

人間に形を変えた鬼、サイコパスの極み、

亡くなったこの娘だけでなく、残された弟の人生も哀れなものになるであろう、殺人鬼、人でなしの子!この烙印で人生を歩まされる。

この継父と実母は元来親になってはいけなかった人間なのだ。

そこまでは触れたくないが !この子の実父、生きているなら、どんな思いで娘の死を迎えているだろうか、胸に去来するものは ?

まともな人間なら後悔に苛まれる日々であろう !

鬼畜の2人にもいる筈の祖父母、兄弟達、その心境は、どんなものなのか !

いたいけな児童を救出できなかった東京の児童相談所所長以下辞表を提出して、この子の霊に詫びよ !

あなた方に日本の宝、子供達を指導する資格はない、助ける民族の誇りさえないのだから、その任に非ず !

国難を無視して、モリカケに終始して政権追求に励んだ政治家よ、次の選挙は立候補を辞退したら如何でしょう ?

言葉と行動の伴わない者に国を任せる訳にはいかない。

天下国家を論じるなど、もってのほかで有る。

飢餓と暴力の苦しみから開放された五歳児

「結愛(ゆあ)ちゃん」

天国の神様の膝元で安らかな眠りに居ることを祈りたい。

人間とはかくも残忍な生き物なのか・・・

 

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