黄昏に 萌ゆ
木枯らしが遠慮気味に吹いていた、襟を立てる人々に気兼ねして、ここ大阪は友が骨を埋めると決めた街、中学を卒業して集団就職列車の旅は心細かった。
ガラス窓から後ろに消える街のたたずまいが切なかった !
これからの夢と希望よりも、両親、兄弟との別れが悲しくて、大粒の涙がカッターシャツのボタンに落ちた。
それから、長い歳月が過ぎて、仕事も幾度か代わった、夜の街の食べ物屋の皿洗いもした、その縁で夜の街で働くお姉さんを知り同棲生活も経験した。
いかがわしい人たちの誘惑もあったが、田舎のシワの増えたお袋さんを思い出して踏み留まった、同じ列車で上阪したダチは、その後、20歳過ぎた頃パチンコ店に就職して、そしてヤクザの世界へ入った。
大阪は笑顔よりも泣き顔をたくさん見せてくれたが、その辛さの中にもささやかな喜びは少なからず味わせてくれた。
陰になり日向になって助けてくれた兄いちゃんがいた、戦争孤児の兄いちゃんは「親を大事にしろよ !」 そう言って励ましてくれた。
一番辛かったことは、そんな優しい兄いちゃんが師走の雑踏に暴走して来た若者の車に跳ねられて事故死したことである、
何日も泣き明かして兄いちゃんの死を悼んだ、人間の死を直に実感した哀しい出来事だった。
大阪の街が全て灰色に見えて初めてヤケ酒をあおった、その時、一緒に涙を流してくれたのが、その居酒屋で働いていた女房だった。
気がついたら2階建ての古いアパート、淡路島の漁師の娘だった、それが、今日まで付いてきてくれた古女房、 恋女房なのさ !
子供も男の子と女の子が二人できて、貧乏したが、勉強だけはさせてやった、今は孫も三人出来たよ !
贅沢はできないが人様に迷惑かけることはない、質素に生きています。
京都旅行、琵琶湖のホテルで宿を取る、なに小中学校の同級会だよ !
ふるさと四国からSも来ると聞いたから、何十年振りに出席する。
ヤクザの組に入ったダチは、もう10年になるかな ? ホテルで淋しく死んでいた。
田舎の兄貴が警察から知らされて引き取りに来て田舎の菩提寺で荼毘にふした、心配して身を案じた両親の元へ帰ったと言うことさ ?
人間って儚いね、他人事でないわね !
そんな奴から電話がかかって来た !
大雨で被害が出たって大きく出ているが大丈夫か ?
友人知人に被害が出ているが、こちらは大丈夫だったよ !
「女房が大きな声では言えないが、宜しくって言っているよ !」
苦労した夫婦だが、道頓堀川をたまに歩くと云う !
奥さんが一度電話の向こうで呟いた・・・
「Sさん! 私たちは今、黄昏に燃えています、萌えている方ですよ ?」
多くの人々を苦しめた自然 !
何事もなかったように青空に白雲がなびいていた、何故なんだよ ?
哀しさの中の小さな喜び、複雑な思いで車のキーを入れた。