人生の佇まいと店じまい
仕事を含めて、この世での手仕舞いを考えるようになった、やり残した未練はないことはないが欲を言えばキリがない、いさぎよさも男の価値の内、ただ責任感だけは全うしたい。
降る雨の音、目に刺すお日様の光さえ神々しく見える、何気なくやり過ごした風景が殊の外愛しく見えるようになった、目の前を横切る隣の猫が、その表情さえも追いかけたくなる。
先日、十人十色で恥ずかしながら怒りの一端をご披露したが、今の私はすぐ冷めて反省する事になる、怒れなくなったのである。
寛容、まさに少々のことでは腹が立たないのである、返って相手の浅ましさが哀れに見えてくる。
そんなに金が欲しいか、あぶく銭はすぐなくなるぞ、欲しいか ?若い時分より年を取ると金への執着心がなくなる、あるに越したことはないが、是が非でも欲しいものではなくなった。
だからある物件の値踏みでも、潔良さ、双方の考えを汲んで妥当な線を提示する、それがうまくいくから不思議である。
無心、無我の境地にいるとなぜか望みが叶えられる、寄ってくる、そう望みが叶えられる、これがもし若い時ならさしずめ「恋!」 なのか ?
無頼の事なら 「悪!」 に勝つ !
欲を出すと失敗するが、無欲で無心で宝くじ売り場に立ってみるか、
或いは、一万円ぐらいは当たるかも ?こんな遊び心が福を呼ぶ、今度試してみて御報告しましょう。
友が2人入院治療中、この運を彼らに捧げよう、当たるかも !
シーンと静まり返る窓際に得もいえぬ虫の声、そっと耳を澄ませて聞き惚れる、こんな真夜中が私は最も好きである、想像の世界 !
人生の佇まいと店じまい、もしかして新たな始まりの反語か !?