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思い出

あいつに逢いたい

あの夜も、そぼ降る雨が寒かった、

同級生のHが閉店1時間前に肩を落として入ってきた、
その頃Hは、ある組織の中堅どころにいた。

上からは成績を押し付けられて、部下の不祥事にきりきり舞い、
難儀なポジションに座っていた。

節目がちに 熱燗を注文してきた、つまみは余り食べない、
店には、数名の先客がいて、私はその応対に手を取られていた。

彼は、燗酒を手酌で口に運んでいた、黙して語らない、

「どうしたの ?」 2本目が終わりかけて、3本目を注文された
時、傍に行って声をかけた。

「う~ん! 店を閉めてからふたりで飲みたいけど良いかい?」
淋しそうにポツリと言った・・・

「いいよ、ゆっくりしなよ・・・」 
午前1時、他の客が帰って、店はふたりきりになった。

「冷でいいから、Sも此処に座って飲みなよ ?」

何処までいっても優しい男である、私はつまみを見繕って
彼の隣に座った。

店内のボックス席の照明は消して、カウンタの灯りを絞った。
小・中と田舎の同級生、竹馬の友と言う奴である。

彼の従兄と私の姉が結婚して、祝い事、その他不幸ごとは
常に一緒だった。

幼い頃に母を亡くし、中学生だったか、義母が来て、複雑な
学生生活を送ることになった。

歳の離れた妹の行く末をも心配して胸を痛めることになる、
そのような多感な学生時代を過ごして地元の組織に就職した。

穏やかな性格は多種多様な性格の同級生の仲裁役にはピッタシ
だった、こうして彼は、同級生や村人から人望を集めて行った。

その時、ふたりは30歳を少し過ぎていた、

幼い頃の話から青年時代の話、結婚にいたる話とふたりの話は
弾んでいった。

ふたりの間に置いた一升瓶が空になった、それでもふたりは
飲み続けた。

彼Hの酒は、飲むほどに酔うほどに子供時代に帰ると言うこと、
腹を割って話せる仲間同士では、浮世の辛さを忘れるかのように
素直な性格が表に出た。

高校時代は剣道に打ち込んだ、進学校だったが家庭の事情で
就職の道を選んだ。

恋愛の末、結婚した、恋女房との間に3人の男の子を授かった、
自分の子供時代が淋しかっただけに、

家庭を大事にする優しい男だった。

あの日までは・・・

「Hが死んだ !」 突然の悲報が私の元へもたらされた、
心臓のペ-スメ-カ-交換を直前に控えての悲劇だった。

・・・・・・・・・・

随分、月日が経った、
仲良し同級生が集まるとHを偲んで演歌が天井にこだまする。

♪ あいつ ~男の友情~

   ♪ あいつと呑んでた この酒場 (みせ) で
      今夜もひとりで 呑んでいる
        ・・・
          ・・・
             いい奴だったぜ あゝあいつ

雨よ、もういちど、あいつに 逢わせておくれ、

酒を飲ませておくれ。

 

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