広告
友情, 思い出

風雪 40年

ゴールデンウイークも最終日、ノンビリとYouTubeを聴いていたが、100円ショップへ買い物に出る、のどかな陽だまりにひと時の涼を取ることにした。

車中で飲む缶コーヒーが旨い  !   

その時、「Y~くん !」(私の本名) 誰かが呼んでいる !先ほど聴いた演歌のせいでもないが、ある男の面影が浮かんで来た   !

「M !」「おおい!  M か ?」

懐かしい男だ! 40年前になるが失恋の痛手を抱えて東京の空へ消えた1年後輩の H・M だった   !

しばし余韻に浸る、高校の後輩、我々は勿論、同級生達からも慕われた無邪気な男、通称キューちゃん。

高校時代は話し合うこともなかったが、お互い卒業後にある時を境に私とマジ逢う事になる、人柄は変わらないが、落ち着いた話のわかる男として現れた。

私が独立して店を始めたばかり、彼は先輩のバーでバーテンとして務めていた。

東京帰り、客商売の世界にいたのか、その身ごなしは精錬されたものだった、私の店に寄ってから出勤するのが日課になった。

私への紹介はまだだったが当時同棲している可憐な彼女がいた、私の想い出の店になる、名曲喫茶 K のウエイトレスをしていた女性だった。

ところが彼にとって不幸が襲いかかる、2人の間の勤務時間のすれ違いは微妙に作用して運命を変える事になる。

彼は女性を粗末に扱う男ではないがそれが悪い方に作用した、別れはあっけなかった。

Mはそれから荒れた !  特に屈辱だったのは、彼女に新しい彼氏ができた事である、

「Y~君 !」Mの目に涙が滲んだ、その頃、私の店に愛らしいウエイトレスが勤務していた、明るい闊達な娘Aちゃん !

私の知らないうちに2人は付き合う様になり、ある日前触れもなく突然手に手を取ってトンズラしたのである。

流石の私も腹が立った、勤務体系が狂ってしまったのである、しばらくして2人は帰って来たが元の鞘に収まることはなかった。

彼女の弟が事故死したのである、傷心の彼女は港町を後にする、2人の仲は消滅、それをきっかけにMも港町を後にした。

その後、同窓会名簿に目を凝らしたところ、Mの名前は東京に有った。

数度電話をかけたが呼び出し音は鳴るものの本人に会えず今日に至っている。

私も若かった、微妙な男女の仲を取り持つには未熟過ぎた、Mの胸の内を理解してやることができなかった、申し訳ない。

お互い歳を取りすぎた、改めて彼を探し出して未熟さを詫びたい  !「Mよ! 」  どんな人生を歩んだのだろう   ?

故郷港町、千代田町名曲喫茶Kは芦原会館初代と向き合ってコーヒーを飲んだ店、その時、Mの元彼女が接待してくれたのも不思議な因縁である。

風雪、40年以上が経過した・・・

「M よ !   逢いたい !  元気でいてくれよ !」            

我が家の風鈴が 「チリン !」 懐かしい音色を奏でた  !?

風雪 40年” に2件のコメントがあります

  1.  ホロ苦い、昔の思い出ですね。真面目に生きてきた人の、ずっしりと重みのある思い出が、ほのぼのとした切なさと、暖かさを届けてくれました。

     そうですね。私たちも、過去を振り返り、懐かしむ・・そんな歳になったのですね。
    「武漢コロナ」も、そのうち、人生の思い出のひとかけらでしょう。

     楽しませていただきました。ご自愛専一に・・

    1. onecat01さん、
      深夜の月明かりに語り掛けるのも乙なものですね。

      男女の想いでは切ないものですが、男の友情にはグッとくる感動があります。
      このMもそうですが、私には関東在住の友がいます、コロナが収束した暁には
      この友と月明かりの散歩道ではありませんが東京夜景を見ながら飲み明かしたい。

      人の縁とは不思議なものですね、何十年も知らなかった他人同士が、ある時を
      境に心が通じ合う、今では自分のことよりも彼の健康が気にかかる、正義感も
      良いが、適当に骨休めも必要ですよと言ってあげたい。

      コロナよ早く消えてしまえ !
      コメントありがとうございました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

広告