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人生, 友情

浦田前代表に 合掌

浦田前代表に合掌

その青年の目は、それまで見たことのない澄んだ瞳の目だった。

特に違うのは、相手の目姿をジッと射抜くように追う眼だった。

分かりやすく言うと目が動かない、瞬きしない、しかし不安感を 与えない善人だと相手に思わせる人の眼がそこにあった。

前後して出逢った男がもう一人いる、後に空手界を席巻する空手のカリスマ、この人の目を私は野獣の眼と形容することになる。  

2人は私の前に前後して現れた、そして私の人生に物凄いインパクトを!残して去っていくのである、両巨頭と密かに私は心に刻む事になる。

少林寺拳法   浦田武尚

空手道           芦原英幸

今振り返ると名人・天才の、派手やかな活躍の裏に素を見る事にもなる、ありふれた青年と手に負えない荒技士  ! その両面は桁違いに他を圧していた。

それはとりも直さず2人の個性のある独特の性格に接することでもあった。

四国の狭い小さな町で二十代前半の2人は折々すれ違う事になる、腹を空かせてアルバイトを余儀なくされた芦原と経済的には恵まれていたが少林寺拳法育成の夢をひた走る浦田の青春は汗にまみれた。

そのうねりが大きく変わるのは芦原の空手バカ一代による爆発的ヒット、日本中から彼の蛮勇と実力に憧れて引き寄せられた若者達が来浜する。

その中からキラ生のごとく名指導者が育って行く、芦原の特筆する功績である。

その間、浦田は相変わらず少林寺拳法に心血を注いでいく、その道筋は後の「金剛禅総本山少林寺 代表  浦田武尚」  に登り詰める。

芦原の「新空手道連盟  芦原会館」  は、苦労を種に、世界に飛躍して幾多の指導者を輩出している。

「Sさん!  芦原さんと浦田さん、どちらが強いですか   ?」

2人と接点のあった私に、よく聞かれる質問である。

私は逆に相手に質問する、「どうでしょう  ?  あなたはどう思う   ?」当然答えは出ない、

普通の試合なのか   ?  命を掛けた勝負なのか   ?難しい問題で、不可能な勝敗予想   ?

あえて踏み込んで見るなら、その試合形式を昔の野試合の真剣勝負に当てはめるとおぼろげに見えて来るものがある、私の胸の内では旗は一方にあがる。

昭和の時代には惜しい2人の武道家、せめて昔の武士社会に放り出したい拳豪ふたりである。

性格、勝負に対する執念、命を賭した覚悟、そしてその技、見えて来る。

しかし、私如きが達人の勝敗を語ることはできない、お付き合い願った縁で想像するのみである、だから他言は慎まなければならない。

令和2年5月10日

金剛禅総本山少林寺前代表 浦田武尚

逝去

悲しい現実に接して、私は喪に服す事にした、そして無言を貫いて今日、納骨を済ませたとの報に接して、穏やかな陽だまりに私は佇んでいる。

猛々しい中に孤独感を漂わせた好漢、芦原英幸、

沈着冷静、烈火の気合を忍ばせた浦田武尚、

私の青春  and  人生に多大な影響を与えてくれた武道家2人が天に眠る。

指折り数えきれない多数の弟子、武道家達が明日のカリスマを目指して奮闘する。

浦田イズム

芦原イズム

その根底に日本を愛する祖国愛、皇室の永遠の安泰を望む愛国心のあることを祈念して、ふたりの霊に合掌。

「上杉嘉一・Sは貴方2人に逢えた幸せに感謝しています、安らかに!」

合掌

穏やかに流れた友情の歳月、浦田先生を偲ぶだけのブログでは私の胸の内が耐えられない、そこで芦原先生の登場をお願いした次第である。

逢う筈のなかった2人が黄泉の国で仲良く酒を酌み交わすなら、私はこの世での未練を捨ててふたりの元へ行きたい、両雄並び立つ、天国だからできるファンタジーなのである !?


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