思い出

私の意識は入って行く 目から心へ

世の中に占い師という人たちは数多くいる、
私の身近にも、手相占い、姓名判断、易占いの方々がいる、
テレビのバラエテイ番組にも特徴のある先生方がよく出ている。

ところで、私が子供の頃に経験した友達の話をしてみましょう、
小学校低学年の頃、ある同級生が、学校を数日休んだ・・・
どうしたのかなと心配していたが彼の回復を待つことにした。

彼が学校に顔を出した・・・
「〇〇おばちゃんにやられた、睨まれてから身体の震えが来て
それで寝込んだのよ (床に臥せたとの意味) 弱ったわい・・・)

その話の後に彼が言ったのは・・・
「出会った時におばちゃんに睨まれたら身体がぞくぞくしての」
(身体が震えて寒気がしたと云う意味)  

子供同士の話である、その時は・・・
それが何を指すのか、どういうことなのか理解できなかった ?

ただ大人にその話をすると、呪い又は憑依(キツネ憑きの一種)
ではないかと答えたが、それから後 二人がそのことに触れる
ことはなかった。

青年から大人になって、いろんな階層の人たちと接するほどに
あの時の友達が経験した事象が理解できるようになった。

たとえば呪いの一種、よく耳にする呪いの一寸釘のようなもの
だと認識することになった。

彼にとっては怖いおばちゃんだったかもしれないが、私には
優しい田舎のおばちゃんのひとりだったのである。

親同士 何かの不仲の事情が有って子供に出会った時ついキツイ
表情になったのではないかと思うことにした。

私の懇意なお寺に、檀家さんの悩みを聞いて解決策を授けてあげる
住職さんがいる、何らかの霊力をお持ちなのだろうと思う。

関東在住で、密教を修めて除霊を生業とする私の友人がいるが、
彼曰く、人が見えない霊が彼には見える、それもところ構わず ?
これもまた別の意味で難儀な話ではないか。

よくテレパシ-の話題が出る、念を送るという、これは科学で
説明できにくい謎の分野であるが、私は有り得る現実の話だと思う。

現に私は形の違った霊感の存在を身近にする機会があった、不思議な
現象を経験しただけに、霊視とか、霊感を信じる人間なのである。

出来ることなら、相手を打ち負かす念力ではなく、弱気な人を助ける
霊力の持ち主でありたい。

若い時は武道の関係で「Sさんの目はキツイ、鋭い」と云われたものだが、
これは何も相手にガンを付けているのではなく、防御のための、平常心
がそうさせていたのである。

何も相手を攻撃するための睨みではなく歳とともに柔和な目になるように
後年は努力したものである、だから私は相手と相対した時じっと見つめない
そっと視線をそらし又相手を見て又そらす、そのように心がけている。

ただ、その一瞬のそらしに相手の本心が垣間見える、私はそれを楽しむ。
相手の目から心の中へ私の意識は入って行く、あなたの心が開けてくる。

Sさんの目は、優しいな ・・・
そのように認められる人間になりたいと念じています。

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