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人生, 自然

二羽のスズメ

二羽の雀

相変わらず忙しい、この数日ある揉め事の仲裁と申請手続きに忙殺されたが本日無事円満解決に至った、胸をなでおろしたところである。

この為、先に受注していた仕事を再開して現場検証確認に行く、食事をとっていなかったのでコンビニで軽く腹ごしらを済ませる。

フェンスを隔てて稲の刈り入れの終わった田圃が開けていた、高さ160cmの白いフェンスの上に一羽のスズメが止まった、

小さな丸みを帯びた雀、稲刈り後の田圃の米粒を漁って丸々太っている、もう一羽飛んで来た、30cmの間隔で並んでいる。

恋人同士か又は夫婦か、どの期間手を取り合う命があるのだろう !儚き命の絆、少しでも長生きすれば良いなァ !  私の思いである。

突然二羽は10m東側へ移動した、そこに数十羽の雀が飛んで来て合流した、数分後彼らは一斉に飛び立って姿を消した、集団の中の個々、彼らの生き様と人間のそれはどんな違いがあるのだろう。

短き命、その儚さに目を向ける人間は少数である、私のように命の瀬戸際に佇んだ者だけが感じることなのか、彼らの胸の内を聞いて見たいものである。

人間から見ると虫けら扱い、されど自然界の枠組みから眺めると

切っても切れない存在にいる、神のみぞ知る神聖な仲間なのである。

驕るな人間よ、もし宇宙の彼方へ旅行出来る時が来たなら、何百億光年先の天体でこの雀たちと出会ったなら、どんなに愛しく感じられるだろうか、これが命の尊さなのである。

私は飼い犬、飼い猫によらず彷徨う野良犬、野良猫が愛しい、共に今生きる兄弟たちよ神の少しのさじ加減で差別が生じたが、宇宙の旅に出る頃はもしかして立場が逆転しているかも知れない。

ハリウッド映画の猿の惑星が現実の未来になるとも限らない、主従関係がひっくり返る、私はそれでも良いと考える、あまりに人間は驕り過ぎた、核のボタンがその未来を狂わせるようなそのな気がする。

北京オリンピックが地球の大変動の始まりだった   ?日本の岸田首相の判断は、〇〇だった、後世の民が〇〇  ??  した  !

我が家に夜毎猫が来る、それも3匹、短期間でその性格が分かってきた、強い子のはずが弱かって、弱いと思った子猫がずる賢い。

「彼らだって生きているんだ、今日の雀のように必死に生きている。」

あなた方は、いつか地球が芯から愛しくなる時が来る、命の終焉を知る時に・・・

私の心から離れない後輩の言葉「人間だもの  !」彼は故郷の有名中学校の校長で有終の美を飾った、国士舘大学で剣道を極めた男だった。

私のバックボンは、こんな男たちによって支えられた「男でありたい!」

港町の裏通り片山町、木枯らしの舞う季節になるとサンタクロースがやって来た、コロナ禍の今年はどうなるか、未来を見失う混沌とした現在、あのクリスマスソングを聴きたい。

二羽の雀が、生きる尊さを教えてくれた、暦は12月8日水曜日、

「10日の金曜日お会いできませんか  ?」男を追求する野郎ふたりから電話が掛かってきた。

誰にも言わない内緒話、ほかに気になる友の肉声を数年ぶりで聞いた「元気です!」

「朋あり遠方より来る、また楽しからずや」

押忍     !?

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