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思い出

四畳半の雨 感謝の雨

誕生日の雨

3月23日は私の何十回目の誕生日、青空も好きだがそれと同じぐらい雨天にも思い入れの強い私である。

四畳半で裏の石垣の音を聞きながら亡きばあばを偲び様々な悩み事に対処した少年がいた、中学3年生以降の私である、多感な少年の心は社会常識を吸収して行く。

四畳半の雨、あの情景を思い出すと、窓辺に座って裏の 鎮守の森住吉神社を眺めていた少年を探す私がいる。

気弱だが親思い、酒乱の兄に泣く両親を気遣って胸を痛めたあの頃の少年の私に逢いたい、肩を叩いてやりたい。

誰にも真似のできない負けじ魂を身に付けた私の原点が、ばあばと暮らした隠居とこの四畳半の部屋だったのである。

伊達に泣かなかった、決して挫けなかった、幾多の傍若無人共にも屈しなかった強い精神力は、あの雨音から学んだのである。

「四畳半に降る雨よ!孤独に胸締め付けられた幼子よ!よくぞ耐えたね!」私は自分自身を褒めてやりたい。

イジメっ子に泣かされても決して助けを求めなかったヤセガマン!そんな辛さを経験したからこそ弱い者や寂しい片親育ちの後輩に目を配る人になれたのである。

値千金! 何にも勝る男の勲章 ! 

四畳半の雨が私と言う男を育ててくれたのである。

この近年私は自分の誕生日を家族にも言わない、お祝いを求めない、ひとり静かに我が身の誕生日を噛みしめている。

「誕生日を迎えさせていただきありがとうございます、これからも精進して頑張ります。」

愛媛県八幡浜市真網代、250軒ほどの寒村、ミカンと座敷雛の里、我が故郷は西陽を浴びて佇んでいる。

小さな帆掛船でアメリカを求めて青年達が海を渡った源蔵前の浜辺、進取の気質に富んだ我がご先祖様の血を私も受け継いでいる。

暴風雨にも挫けず怒涛の太平洋を艱難辛苦渡り切った男達、源蔵前の碑が帰郷の私に問いかける、

「恥じる事はないか ! 」

大島に沈む夕日が微笑んでいる

「なげるなよ !」

誕生日の雨   感謝の雨

ちょっぴり人を乞うる雨  よ     ☂️

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