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友情

命の前に 代えられる宝物は ない !?

いつも見慣れた伊予灘の海が今日はやけに沈んで見える。

水平線の境まで空の霞が覆いかぶさってぼやけたロケ-ション
の正月4日、心模様を反映して自らの眼が霞んで見える寂しさ。
海は凪いで居るのだが、心なし躍動感もなく静まり返っていた。

私が向かう先は病に打ち萎れた友の元、夫婦で逢いたいと待っていた。
心の持ちようで見える風景が違ってくる、いつもの燦燦と降り注ぐ
太陽の恵みが、今日はやけにセピア色にくすんでいた。

遠い十数年前を振り返っていた・・・
白亜の殿堂と言うには余りにも古びた老朽化したがんセンタ-

其処は松山市の城山の下 堀の内に在った、となりに野球場と競輪場
その開催時期には多数の人波で溢れかえる界隈だった。

有名な四国八十八箇所第五十一番札所石手寺の近くに県内では有名な
胃と腸の内視鏡検査を専門に扱う病院が在る。

後輩の薦めでこの病院の検査で我が直腸がんは見つかった !
院長は、県内では大きな三大病院の推薦状を書いてあげるといわれたが、
家族の結論は、癌なら癌センタ-の言葉で癌センタ-入院を決めた。

私の癌からの生還は医療に詳しい我が家族の適切な助言から導かれた。

あの頃の、心の彷徨を思い出して車を走らせていたのである・・・?

推薦した後輩は、その後、私より早くあの世に召された、
癌闘病の仲間が、この世を去って行った、その無情をこれでもかと
見せられた歳月だった。

癌センタ-を退院したが、抗がん剤の治療のためお願いして入院した
私よりひとつ歳上の旧知の医師も、私が退院して数年後亡くなられた。

人間の命の儚さをこれでもかと見せ付けられた無情の月日でもあった。 

皮肉にも正月4日 向かう目的とその先は・・・
けっして嬉しく華やいだものではなく、命の瀬戸際を、それも仲良しの
友を見舞う道行きだったのである。

車は2時間の所要時間でそのお宅に到着した、
悲しみ、寂しさの心を隠しての訪問となった、私だから、この明るさが
請われた訪問だったのである。

人生とは、人間の三大欲とは ? それらが消し飛んでしまうほどの
価値観の違いを思い知らされる時間となった。

消えかかる命、覚悟の命、穏やかであらんことを必死に願う妻と家族、
私の心はチヂに乱れるが平然とせざるを得ない男の絆、切ない。

この瀬戸際に居ると
我が意欲、仕事への飽くなき願望も見失いがちになる、もういいか ?
此処までやったのだから、もう! いいか ? 心の奥で囁く何者かが居た。

貴重な時間だった、大切な空間だった !
夕闇が迫ろうとする伊予灘を車は北に進路を変えていた、
シ-サイドに到着した、駐車せざるを得ないほど疲れていたのである。

まだ十数台の車が停車していた、正月の目出度さを満喫するカップルや
家族連れ、オ-トバイの若者達で賑わっていた。

私の悲しみを知る者は、そこにはいない・・・
水平線が行きよりも更に重い霞みで塞がっていた、我が心の投影 ?
私は、そう思って日本一綺麗な夕日の海を眺めていた。

人の命は ? 命の前に 代えられる宝物は ない !?

命の前に 代えられる宝物は ない !?” に2件のコメントがあります

  1.  今の貴方に、何と語りかければ良いのか。
    中学生だった頃、私は、阿蘇の噴火口の淵に立ち、巨大な穴の遥か下方から、立ち昇る噴煙を眺めたことがあります。当時は火口付近まで近づけたのだと思いますが、そこに立った時の、大きな不安感と恐れが今でも心に残っております。

     死を覗き込む気持ちだと、そんな思いを抱いております。
    自分が癌になり、手術をして、一週間集中治療室にいて、やっと一人でトイレに入れるようになった時、トイレの鏡に映った自分の姿を見て、「これが本当に自分なのか」と驚きました。おぼつかない足で歩く自分は、みすぼらしく痩せて、まるで老人そのものでした。

     だから私は、家族以外の見舞いを断りました。
    ひどい姿を他人に見せたくないと、誰にも面会したがらない末期ガンの患者の気持ちが、この時わかりました。

     それだけに、末期の友が貴方だけに会いたがった気持ちを、尊いものと受け止めました。
    友や友情を大切にされる貴方の言葉には、こうした事実の積み上げがあるのだと、敬意を表しました。これ以上言いますと、褒め過ぎてしまいそうなので止めますが、厳粛な沈思沈考の後では、どうかいつもの貴方らしく、元気に朗らかになってください。

     死はすべてを奪う無ですが、生きている私たちは、無ではなりません。煩悩を友として、悩んだり悲しんだり、怒ったり喜んだり、釈迦に説法ではありますが、これが日常というものであります。貴方を待っておりますのは、死の淵におられる友だけでなく、日常を生きているご家族や友や知人など、たくさんの人間であることも、どうかお忘れなく。

  2. onecat01さん、
    お心遣いに感謝いたします。

    私は大丈夫です、身内の癌宣告の聞き役が私でした、辛い役には慣れています。
    気持ちの切り替えに長けているのも私です。

    私は、若い頃より、どうせ踏み込まなければならない運命なら、自ずから飛び込んでいこう、
    そんな気質の男でした。

    座右の銘が 「踏み込んでみよ刃の下にも極楽あり」 大丈夫です。

    >だから私は、家族以外の見舞いを断りました。
    ここまで私と同じとは、onecat01さん、これで、ふたりは 兄弟盃ですよ。 (笑い !)

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