日常生活

がまんな奴と 「やらない勇気」

がまんな奴 の定義
近頃気が付いたことがある、我慢な奴と言われる者には二通りある。
その1.目的貫徹して成功する。
その2.脱落者。

その1.自分の意志を押し通して進むが人の意見にも耳を傾けて柔軟に取り入れる、
相乗効果で目的を掴む。
その2.途中で挫折する、このタイプは、人の意見を聞かない、取り入れない。

自分の能力範囲は知れたもの、勿論天才は別だが、危機管理に落とし穴。

成功する者は私ごときに相談しないし遥か彼方を独走している、私の視野にさえ入らない。
失敗して、そして私に気が付いて助けを求めてくる、こんな人に限って助言を聞かなかった、
自分が偉いと思っているから鼻から寄って来ないし助言を求めない、気が付いたら自分で
解決できないところまで落ちている、遅いと言うことになる。

何人ものやせ我慢に接しているが、身から出た錆びとはいえ哀れである、
良い時は気が付かない、悪くなって焦るがもう遅い、如何にタイミングが大事か自戒を込めて
振り返る。

人生はまま為らない、まま為るなら、みんな失敗はしない、良い人生ばかりで均一世界になる。
そんなことは有る筈もない、宝くじにみんな当たればそれに越したことはない、それじゃ経営が
成り立たない。

ギャンブルの怖さがここにある、夢を見て夢を掴もうと有り金はたく、この手合いは上れない。
近日来の元花形プロ野球選手の覚せい剤事件、元歌手といい何故にこうも後を断たないのか ?

彼らはある意味暴力団に絡め取られた被害者でありそれ以上加害者である、家族の悲嘆と困難な
人生を思うと「やらない勇気」がなかったものか。

ここにも、人の不幸に無関心な外道が住む世界がある、日本人そして反日思想の非日本人の跋扈、
国の規律、人心の崩壊、日本の溶解が止まらない、国会は個人攻撃に汲々として政治を語らない。

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