広告
雑談

♪ 哀愁波止場は 追憶の別れ歌

大きなヒマラヤ杉のその高校は潮の香の匂う海辺の近くに在った。
昭和が活気をみなぎらせて高度成長に向かって走り始めていた頃。

北側に岬へ続く国道が走り、東側にはまだ開ける前の田圃が青く、
南側の斜面には手入れの行き届いた夏ミカンがたわわに実る段畑が、
西側には軒を並べた質素な家並みが身を寄せ合うように建っていた。

その校庭の直ぐそばに小さな古いパン屋さん、少し港へ寄った所に
美味しいチャンポンを供する食堂があった。
共に元気ざかりの学生達が昼休みを待ち兼ねたように押し掛けた。

上下の序列の厳しい時代、先輩が食べ終えると下級生の番がくる、
特にパン屋さんは製品にならないパンを割安に学生達に提供した。

娯楽の少ない映画全盛期、テレビが普及する前の日本全国何処にも
在る、ありふれた町の風景だった。

そんなのどかな時代の田舎の高校生活のひとこまである。

ある期待を抱いて全校生は講堂に集まって行く、年に一度の謝恩会、
ざわつく学生達の耳に強烈な怒声が響く、我が組のAだった。

二年迄はおとなしい小柄な男で、父は山を越えた山村の有力者、
我々が三年に進級すると番長グループを形成するBのお陰で威勢を
張るようになった、いわばパシリである。

講堂の南側窓際に立ち並んだ教師達は、何事かと訝しんだが、
Aが全校生徒のざわめきを強烈な恫喝で鎮めたと言う訳である、
番長たちの意を受けた、式典の幕開きを告げる拍子木の役目だった。

三年生に贈る在校生たちの感謝の想い、様々な志向が繰り広げられた、
同学年、三年生からは、ポール・アンカの ♪ ダイアナ、 鶴田浩二の
♪ 町のサンドイッチマン等、講堂は全校生の熱気に包まれた。

この後に大トリが登場することになるとは、思いもよらなかった。
・・・・・
その数ヶ月前、夏柑畑で実習中の私の耳に、向こうに居る番長達の
群れから、同郷のCの声が聞こえて来た、

「Sよ! 名前が分かったぞ ? こっちへ来いや ・・・」
一年生の女学生の名前が分かったから教えてやると言うのである、
・・・・・
講堂の謝恩会は、佳境に入っていた、
ひとりのセシルカットの女学生が壇上に登って来た、普通科一年生
夏柑畑で、Cが名前を教えてくれた娘だった。

この後、全校生が感動に震える事になる・・・
ビブラートの効いた透明な歌声は、静まり返った講堂に響き渡る、
プロ歌手を目指していたDが私の前にその輪郭を現した、姿を見せた。

目の前が大きく波打って時間が静止した、新たな人生の幕開きだった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

広告