雑談

道真会館20周年記念パ-ティ-に招かれて 久保館長

待ちに待った久保 (伸通) 館長率いる日本空手道 道真会館の
道真会館20周年記念パ-ティ-が開かれる日がやってきた。

久保館長とは、館長が極真会館八幡浜道場へ入門した頃からの付き合いだから、
たしか館長が16歳か17歳のころだった様な気がする。

パ-ティ-が開かれる「たかのこのホテルは」私が常日頃贔屓にしているラザ-ル
平井店の近隣にあって毎日役所へ通う道すがらに位置している。

余裕をもって午後12時半に駐車場へ到着した、2階の会場へ上ると受付にはさすが
空手マンの若者達がにこやかに出迎えてくれた。

ひときわ大きい人が道真会館松本道場の松本師範だと分かった、さわやかな風が吹いた、
ホームページで馴染みの顔である。

会場に足を踏み入れると早々と多くの出席者が各々着席していた。

出席者名簿を見ると私は久保館長、逢いたいと恋焦がれていた周ちゃん( 井上周二)
私が敬愛を込めて噛めばかむほど味がするとスルメに例える周ちゃんとの間の席だった。 
何と果報者よ !

館長が極真会館時代からのビデオが上映された、
荒武者時代の館長の何と初々しいことか、どこの世界でも目立つ者はいる、派手に振舞う
者もいる、先生に引き立てられたいと野心を燃やす者が出るのもそれは否定できない。

記憶が蘇ってきた、館長は一言で言えば、要領の悪い方ではなかったか、ただ黙々と基本
に忠実に稽古に励んでいた、目立つことを由とせず、地味な役割に甘んじていた、

しかし、それが見事に花開くことになる、こうして指導者として道真会館を立ち上げて
地道に活動した結果が良き道場生との巡り合わせとなり、彼の後を引き継ぐ後継者の育成に
つながった、辛苦が実ったのである、それを実感する出来事が突然その後に待っていた。

道真会館片山道場 片山師範共々に参加者全員感動に包まれた。

「久保さん息子に空手を教えてやってや・・・」からだの弱かった息子の指導をお願いした、
20年前のあの日、快く引き受けて下さった、いろんな事情から涙の出る思いを私は隠した。

道場生時代から稽古では厳しい若者だったが、いざ、稽古を離れると明朗闊達な青年に変身
した、他の道場生と飲み食い騒ぐ、軽妙な明るい男がそこにいた、だから仲間から慕われた。

館長の派手ではないが地道に蓄えた技量と実力がこうして後年 実っていくことになる、
若い頃より知っている私は、なるべくしてなった結果だとその素質と成功を喜んでいる。

芦原会館初代館長芦原英幸氏は空手の実力もさることながら弟子の育成にも非凡を発揮した、
教え方が上手く弟子達の上達も早かった、そして何より強かった。

この久保館長も師の技量を踏襲して見事な弟子の育成に成功した、そして何より師及び兄弟
弟子より秀でていたことは弟子を信用して物事を委ねる度量の持ち主だったということである。

パーティー終了間際、思いも依らぬサプライズが待っていた、たとえ親しかっても道真会館の
基幹に係わることなので私の口からは発言しない、空手界のみならず各界指導者が押し並べて
見習わなければならない真の男の見事な作法が披露された。 いずれ判明する。

ビデオの中で久保館長は、突きの型を披露した、同じ型を 年を跨いで披露した、
極真を元にする流派の型は数多く拝見してきた私だが、どちらかと言えば伝統流派のメリハリを
取り入れたようなけじめのある見事な型だった、その決めとスピ-ド感は見事の一言である。

いみじくも語った館長のこれから・・・
空手探求流浪の旅が前途に横たわっている、何時の日か、空手発祥の地 沖縄に立つ久保館長の
姿が見えるだろう、人を逸らさない、人に情けを手向ける、温情の人 久保伸通 その笑顔は
道真の更なる発展を約して光り輝いている。

「Sさんとは、16~17才頃からの付き合いです、道場立ち上げにはお世話になりました」
他の出席者に紹介される館長から発せられる言葉、これ以上の褒め言葉はない、勿体無い。
苦労の辛酸に添えなかった私が、( 力になれなくて 申し訳ありません) 心の中で深く詫びた。

同じテ-ブルでご一緒になった、広瀬さんのご挨拶が私を感動させた、さすが久保館長の友人、
勿体無い言葉に私の男気が震えた、礼節を弁えて尚礼を尽くす男の姿に久保館長の足跡が見えた。
( 後日、久保館長から了解を得た事で、広瀬さんの姓を掲載させて頂きました。)

道真会館永遠なれ、久保館長 道場生 OB 父兄会 幸あれ !?

個人的に触れたいことが沢山ありますが、それは次回に譲りたいと思います。

押忍。

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