広告
雑談

湯煙の中に 男は過去を振り返る

静かに暮れる日曜日の夜、窓の外のカーポートに落ちる雨の音が得も得えぬ
旋律で郷愁を誘う、この雨の音を聴くとひとりの友を思い出す、あれは初秋の
雨の夜だった。

みかんの収穫を控えて、ひと時身体を休める空白の時間が訪れた、賑やかな声に
表に目をやると同級生Aが20才前後の髪の長い女性と2~3人の後輩を連れて
やってきた、時計を見ると午後10時を指していた。

ちょうどお客さんが途絶えて一服していた時である、彼らは15人掛けカウンタ-
の真ん中にそれぞれ腰を下ろした、ビ-ルと適当につまみを頼まれて準備する、
豪放磊落兄貴分Aの冗談が連射砲のように放たれた、さしずめ私は漫才のボケ ?

楽しくて腹を抱えて笑うショ-時間の到来だった、
「のう マスタ-!Sよ! あの頃は面白かったの・・・?」 思い出話でひと口上、

彼Aをご紹介しょう、
高校時代の同級生、共に身体が小さくて非力、私はその他大勢の隅っこ生徒、彼は
番長連中の使い走り、だが饒舌で明るい性格がクラスのみんなに好かれていた。

人生はどこでどう変わるか分からない、高校を卒業して20代も半ばになると二人の
立ち位置が激変する、私はその町で名前の売れた空手の強者M先生の末席弟子、彼は
身長が伸びて175センチ飲み屋街で素手の喧嘩三昧で、素手ゴロ自慢になっていた。

高校時代から私にない陽気な性格、お互い共通の下積み時代、怖いものなしを謳歌して
いた、高校時代、彼を手下にしていた同級生が一目おくほどの男になっていた。

「S!」 「Aにィ!」 と呼び合い、ウマが合った、冗談が腹の底まで分かり合えた。

私が彼を気に入ったのはやられた相手に復讐しなかったこと、殴られて、痛めつけられた
筈なのに敵討ちせず無視したことである、相手の耳に彼の噂は入っていた、手が出せない
実力の差を当に分かっていたのである。

そして一番肝心なことは、けして弱い者を苛めなかったことである、私と同じで苛められる
悲しさ切なさが分かるだけに弱者をいたわった、後輩を可愛がって引き連れてきた、全て
彼の奢りだったが彼の偉いところである。

長い髪の女性は、町のスナックの売れっ子ホステス、チンピラに関係のある女性で難問が
持ち上がってイザコザが有ったようだが誰の力も借りず彼自身の胆力で解決した。

その後日談が私の心を泣かせた、
彼女が難病に侵されているのを知った彼は、治療費から全ての面倒を見て彼女を労わった、
結婚していて子供のいる男の責任の取り方だった。誰も真似することは出来ない。

その彼が、今、異郷の地で不自由な身体を苦労させた女房に支えられている、
新婚初夜で、そそと泣いた可憐な花嫁さんだった、糟糠の妻、男の心意気を女房は判って
いる、私が最も誇りに思う同級生である、「Aにィ! 今度 逢いに行くよ !?」

空手に興味のある方に、そっとお教えしよう・・・
彼Aは、アメリカ デンバ-を中心に世界へ飛躍する円心空手の創始者、二宮城光館長の
兄さんと同郷の仲良し、兄さんはAより少し年下で店へも時々来ていたが 冗談が通じる
明るくて素晴らしい人でした。

男Aは、九州は別府の湯煙の中に、過去の栄光を振り返っている。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

広告