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雑談

喧嘩の仲裁 事なきを得て

喧嘩の仲裁、事なきを得て、

商店街は、午後の活気を終えて夕闇を迎えていた、
私はプロボクサーのAを伴って商店街に繰り出した、

我が家で居そろう中のBの居る千代田パチンコ店の
近くまで来ていた。

目当てのパチンコ店が其処に見える、二つの商店街が
クロスするあたりまで来ていたが、ある店の前に50代
丹前を羽織ったご主人が木刀を杖がわりに立っていた。

そのいでたちを見てAが反応した、彼は缶ビールを2本
飲んだばかりで夕食前の空き腹に少々効いていた。

「喧嘩したいな !」 その言葉を聞いて私は彼の横顔を
見た、微妙に目が血走っている( これはやる気だな ?)
ご主人の表情が締まった、何かを悟ったのである、

Aは、つッと主人の周りを半周りした、主人の木刀に
添えた右手が動いた、力の配分が変わったのである !

( これは、危ない! 腕自慢のAで有っても主人には叶わ
ない ) 流石にその時、主人が何者か判ったのである。

愛媛のG、剣道・居合道の世界で高名なG先生だった。

その立ち位置、目の配り、一瞬をついて木刀はAの頭上に
振り下ろされるだろう、例え頭を外しても肩口には振り
下ろされるに違いない。

Aの完敗と大怪我が予想された、警察官を含めて幾多の
剣道の強者を教えて来た愛媛のG、結果は目に見えていた。

店の中の従業員、間口で雑談中だった隣の薬局店の主人、
緊迫した表情を覗かせていた、

私は、Aの肩口に右手を回し、左手で腰のベルトを掴んだ、
「やめとけ」 怪訝そうに私を見るAを無視して引っ張った。

止まっていた騒音が急に耳に響いて来た緊張が通り過ぎた
事を知った、息を飲んでいたそれらの人々が安堵の表情を
見せた。

余談・・・
このG先生の兄さんと私の父が親しい間柄で、その関係で
先生の剣道・居合道に関する噂は存じていたのである。

私の青春の節々に、喧嘩の仲裁と云う嫌な役目が多く有った、
私の知り合いで、その仲裁をしたがために、殺される羽目に
為った者もいる、妻子の嘆きはいつまでも続いた。

死ぬまでもなく大怪我をして人生を棒に降った善意の被害者も
いる、その境目は間一髪、その分かれ目は、平常心で居られた
か ? 胆力が備わっていたか ? 裏付けの実力が有ったのか !

私はその経験から、粋がるな ! 図に乗るな ! 過信するな !
まずその場から離れよ、喧嘩の場を作らない生き方を心掛けよ、

一番用心する事は、あなたの腕前を当てにして喧嘩を吹っかける
同行者の存在、必ずあなたにトバッチリが来る、難儀な事に。

ある武道の頂点に立った高名な先生にもそんな連れ合いがいた、
「Sさん、◯◯が喧嘩を吹っかけるのですよ、困ったものです」
笑いながら私に語ったことがある、実力のある人は難なく処理
出来るが、そうでないと不覚を取ることになる、

「気をつけよう、あなたを当てにする喧嘩グセの友人 ?」

降りかかる火の粉を避けれない時は・・・
私の師範、先輩は、こう言っていました、好んで喧嘩をする事は
ないが、どうしても避けれない時は、徹底的に叩き伸ばせば良い、
しかし、すぐその場を離れる事。

芦原会館初代館長が道場破りや実戦で相手を徹底的に懲らしめた
のは、中途半端の弊害を恐れたのではないか、バカは勘違いして
図に乗る、「芦原、大した事なかったよ!」と言わさない為に。

慢心を戒めて・・・
私の亡き兄に仲良しの友達がいました、自転車通学高校生の私に
いつもにこやかに声をかけてくれる、お兄ちゃんだった、

その兄ちゃんの甥に私より6級下の高校球児がいた地元で高名な
会社に就職して将来を嘱望されていた、

その彼が、ある飲み屋の前で酒癖の悪い男ふたり連れに出会った、
喧嘩を吹っかけた奴でなく、止めに入ったもう一人の男に依って
彼の命は立たれた。

首をビール瓶で刺されて、数十メートル歩いて彼は息絶えた。

私の田舎の後輩と野球部の同級生だった、店へもよく来てくれた、
叔父さんに似て無口ないい男だった、悔やまれてならない。

頭を下げて、すみません、素早くその場を離れること、男の意地は
いりません、命有ってのものだねです、無念に散った男たち。

私は、彼らの優しさが忘れられません。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

合掌

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