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雑談

花の番長 YとM そしてK ヒマラヤ杉は・・・

昨日は妻を亡くした男の話でしたが、今日は夫をなくした妻の嘆き、
今年3月二人の同級生が亡くなった、ひとりは跡継ぎでありながら
家庭の事情で家を出て異郷の地で生涯を終え、もうひとりYは故郷で
生涯を閉じた。

ともに親との縁が薄い人生を送った二人だった、高校時代は手のつけ
られないやんちゃだったが、晩年は共に脳梗塞をわずらい不自由な
生活だったが、健気な妻の内助の功でこの世の務めを終えた。

その友の妻から便りが届いた、今までは近所に嫁ぐ娘や孫達が居るので
辛うじて寂しさを紛らわせていたが落ち着いた今、仏壇、写真を見る度
に在りし日の夫との生活が思い出されて胸が締め付けられる。

落ち込む度合いが増えたのである、学生時代のワルは結婚して子供が
出来ると、今までの生活がまるで嘘のように模範亭主に変わった。

彼の淋しい生い立ちにその変化を見ることが出来る、実の父をなくした
彼に新しい父親の出現、そして異父妹の誕生を迎えて、彼の立ち居地が
揺らぐことになる、お決まりのわんぱくへの道が開けていく。

高校時代は、とにかく暴れた、家庭への不満が、学校へ教師へと向った
のである、ただ偉かったのは、後輩を苛めなかった男気である。

正直、私等も、とばっちりを受けたことも有るが、彼と組んだワルが私の
同郷という事で直撃は免れた、そして卒業してからの変化は目を見張る
ものがあった、これひとえに妻の健気さに有る、良き妻をめとった。

この一言に尽きる、

一般席に控えていた私は、生涯の師匠との出逢い、先輩、後輩との交流で
少しばかり強い男に代えさせて貰った、風の便りが私の噂を必要以上に誇張
させて町に流れたことで、いろんな出来事を経験することになる。

世間に「Sは、・・・ぞ !」
その噂を聞いて人が頼ってくるようになった。

私の助言者としての立場が目の前に確立されていく、旧友との再会、密度の
濃い付き合いが始まるのである。
彼の妻との電話での語らい、私の話で少しでも胸が軽くなればこの上ない。

彼と卒業まで一緒につるんだ花の番長M、彼の消息を気にしたままYは亡く
なった、私を含めて田舎の友K夫婦達と一緒に食膳を囲んだのが亡くなる
少し前、その時の写真と共に番長Mの写真がYの引き出しに大事に仕舞われて
いたという。

大阪と愛媛、最も仲の良かった二人だったが、ある事により誤解が生じ音信
普通になっていた、命の終わりを悟ったYは、忘却のMの姿を追い求めて
いたのだろう、彼のMへの想いを私は果たしてやろうと決心した。

「こちらはNTTドコモですお問い合わせの電話番号は現在使われておりません」
Yの想いを伝えるため、私は大阪のMへ電話をかけた、ごらんの言葉が返って来た、
故郷の実家の兄さんに連絡を取った、連絡不通で何も分からない、こんなことって?

私は、有ることを思いついた・・・
以前の住所へ手紙を出すことだった、転居していれば転送が可能かもしれない ?
まず、それから始めようと考えたので有る、その後は私の仕事、居所追跡の分野に
なる。

人が我が家から遠ざかって、本当の孤独感が戻ってくる、喪失感 !
夫を、妻を恋うる詩、もういちど逢いたい! 肉親と別れた人の共通の思いで有る。

花の番長 YとM、そして最後の食膳を囲んだK、この三人が、当時K校を抑えた
番長グル-プだった、Yを見送るKの両目から大粒の涙が人目もはばからず流れた。

ヒマラヤ杉が、校庭の中から黙って見詰めていた。

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