雑談

命に大小など有るものか いつか 逢おうね

余りの寒さに玄関を出てみた、宅地内の車と前に駐車の車のボンネットに
雪が積もっていた、寒いはずだよわが町は、石鎚おろしの吹く里だもの !

四国連峰の石鎚山からもろに寒風が吹き降ろしてくる東温市は松山よりも
肌着2枚はちがうと言われる、目の前の河川敷に彷徨犬達の事が気になる。

さすがいつもの泣き声は聞こえない、たとえ寒さには慣れているとはいえ
近日捨てられた犬達がいればそれは地獄の厳しさである。

夕闇迫る時刻にある場所を通りかかると、数メ-トル、数十メ-トル毎に
犬達が座っている、その表情はまちまちだが、悲しげに見詰める犬の方が
多い。

ある県の動物愛護センタ-の殺処分Oが放映されていたが、悲しい事に我が
愛媛県の取り組みは冷たい、先日も大型の網で捕獲された子犬の話を聞いた
ばかりである、

市の職員に至っては、そっと闇に隠れて手を差し伸べる心優しき人に恫喝
まがいの態度と、地元有志による木剣による乱打の有様を聞くに及ぶと心が
寒くなる。

啓蒙思想、動物に対する慈愛の精神が市の方針優先で全く感じられない。
死の宣告を受け、明日の灯が消えかかろうとした経験の人間でないと命の
尊さは判らない、悲しいことだがこれが現実の社会の日常である。

私が振り返る人生に後悔があるとすると行政を動かせる立場に至らなかった
事である、会の頂点に立つという意識の中に動物愛護への取り組みが有った
ことは事実である。

NPO立ち上げを計画してその方面の専門家の意見を聞くところまで行っていた、
彼等の姿を見る度に救えなかった非力を詫びて、申し訳ない後悔に心が痛む。

この問題だけは私の悔いとして残るだろう、しかし、心優しき同士との連帯が
せめてもの慰めである。

小さな白い命、私の車を必死に追いかけてきた子犬は、捕獲されて既に殺処分
された、もう一匹は「車に轢かれていたのである場所に弔ってやりました」
悲しみに沈んだ報告を頂いた、これが現実の小動物の辛い浮世なのである。

命に大小なんか有るものか ? ガンの手術を経験した私の彼らに対する想いで
ある、生きたいのに人間の勝手であの世に逝かされたか弱き動物達、私の願いは
来世に引き継がれる、いつか逢おうな ! 共に歩こうな ! それまで・・・?

命に大小など有るものか いつか 逢おうね” に2件のコメントがあります

  1. Sさんお疲れ様です。無沙汰をいたしております。お元気そうでなりより。嬉しく思います。
    今回の記事を読んでSさんの以前の記事を思い出しました。
    題名は死の公園でした。
    松山市、何をやっとるか。私も同様、怒りを感じました。人として当然の思いだと思います。
    しかしそこで私は自身の心に疑問を感じました。
    情けない事ですが。
    小さくは会社。大きくは国家。私が所属する組織が非人道的な方向へ走った場合、私はそれに抵抗できるたろうかと。
    少なくとも権力をかさにきて弱者を痛める者にはなりません。武道に携わった者としての矜持は持ち続けたいと思います。
    話変わりますが久保先生は立場も直って生き生きしております。
    前日曜日は寒稽古でした。今日は香川県に赴き組手の技術研修に参加するそうです。その姿を見て嬉しく思っております。
    武道有る限りこの国は滅びません。
    冷え込みきつくなりました。御身お大事に。
    押忍

  2. 武道多聞さん、
    今朝の冷え込みはさすがにきついですね、お元気で何よりです。
    久保先生も目標を持って頑張っておられます、見守ってあげたいですね。

    私の友人の息子が高校時代久保先生の道真会館で空手の指導を受け、現在板場さんとして
    新田高校の近くのお店で頑張っています、ひる時はランチもやっていますので落ち着いたら
    久保先生と3人で行って見ますか、又、ご連絡いたします。

    小動物たちの事は私のライフワ-クですが、悲しい現実に目が曇ります、どうにかしてやり
    たい、せめて行政に有る事を提言したい、実現したいと考えております。

    寒空で、ポツンと道行く車を眺める姿に胸が締め付けられます。
    (自分を捨てた家族を必死に待ちわびている犬や猫もいるでしょうね・・・)

    武道多聞さん、武道家の誇りと愛国心は忘れない !?
    押忍

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