夕日に映える手品師 その名はマジシャン
追憶の彼方に端正な男がいた、
スナック喫茶のマスターにして青年手品師、
物静かな性格だが気の合う相手とは口も滑らかになった、
あれから数十年、どうしているか、マジシャン探しの旅
が始まった。
彼が経営していた店の姿を追うことはできない、ずっと
以前に店は閉店していた、
リアス式海岸の海辺に沿って彼の生まれた家は在った。
その当時の若者がそうであるように、素直な社会がまだ
残っていた時代だった、
その海辺の心情細やかな農村地帯で、彼は青春を送った。
昭和が半ばに差し掛る希望に満ちた街明かり、
店のママは50に近い40代、青年マスターは20代の半ば !
見事なバランスで店を経営していた。
私が県のバーテンダー協会の地元支部立ち上げに参加した
ことで懇意な彼は真っ先に協力を申し出てくれたのである。
こじんまりとした落ち着いた店の調度品と礼儀正しいマスター
のプロ顔負けの手品に、顧客は喜んで喝采した。
悩んだ末、予告なく店を閉じた私は忸怩たる思いで後髪惹かれ
故郷を跡にした、・・・こうして、彼との交流が途絶えた。
その後、彼の店も閉店したことを風の便りで知らされた、
「Sさんがいたから参加した !」 協会立ち上げの話題になると
彼は、私との絆を強調してくれた。
歳月は、男の苦悩を内包して強弱を見せながら未来に向かって
走っていく。
男達の友情、男達の絆、四季の移りは男の胸の内を知る由もなく
過ぎ去って行く、私の問いかけに彼の今を知る者はいない。
カードを静かに掌に載せる彼の表情は澄んでいた、素直な男の
トランプがその指に操られる、まるで神業のように ?
女性のような名前、文字は人を表す、
いつか、マジックボックスから、あの日の彼が現れるような
そんな気がして。
夕日に映える手品師 その名はマジシャン 男達の挽歌