無関心、自己ファースト、それは事なかれ主義。
何でも出過ぎる、干渉しすぎるのも考えものだが ?
無関心程無責任なものはない。
ある場面を思い出す、
その時「キャッ!」 と女の悲鳴があがった、
私は一目散に走って大きな屋敷の北西の角を曲がった。
目の前でAが足元に倒れたBに向かって今にも刺身包丁を
振り下ろそうとする瞬間だった ?
若いCがAの背後から羽交い締めにして叫んでいる、
「Sさん! 止めて !」 それは、悲鳴に近いものだった。
足元のBの手を取ってDが必死に引っ張っている、Aの刃は
仰向けのBの顔面に迫っていた、
同行の女性2人は声もなく立ちすくんでいた。
怖いもの見たさで駆けつけたが、引っ込みがつかなくなって
その騒動に巻き込まれる事になる、困ったもんだ。
その時、痛烈に感じた事は「何と人間は薄情な生きものか?」
数人、数組、男達がすぐ側を歩くのに、無関心で通り過ぎた
ことで有る。
勿論、立ち止まってその騒動に注意を払うことはなかったし、
警察への通報さえしてくれなかったのである。
日々の喧嘩の場面でも、止めにはいる勇気ある者は少ない、
我関せず! 馬鹿な奴らが喧嘩している、この程度である。
腕に自信があるか無いかの問題はあるが ?
怪我をしてまで止めにはいることはない ? この考えだろう。
日頃、カッコつける若者がいた、
店の中で2人の客が今にも掴みかからんと怒声をあげている、
横にいながら素知らぬ顔、気になるそぶりだが仲裁出来ない。
本当の喧嘩の場面に遭遇してみると仲裁の仕方が分からない、
それとも、小心がそうさせるのか ? 聞いて見たい ?
「火中の栗は拾わない」 「君子危に近寄らず」
特に現代はこの風潮が強い、日本人の義侠心が心許ない ?
北朝鮮による日本人拉致問題に於ける国民の反応は別の形で
日本人劣化を示して余りある。
さしずめ馬鹿な私等要らぬ節介を焼いたことになる、明治 !
昭和が更に遠くなる。
無責任、無関心、私が最も嫌いな言葉であることに違いない。
私が言いたいことは、 要は ・・・
政治、国際問題に物事を置き換えてみるとよく分かる !
無責任、無関心の行き着く先、自立心を喪失した国の形、
日本国の崩壊に他ならない。
反日国家の奴隷に成り下がっても良いのか、勇なきものは滅ぶ
!?